第1章 天泣
コーヒーを1口飲んでから、おばあちゃんが俺に尋ねた。
「そう言えば松野くん、探し人には会えたの?」
「ええ!会えましたよぉ!今」
「あらやだ、松野くんたら」
ニカッと笑ってみせれば、本当に上手ねぇと笑う。
この店の中での俺の立ち位置は、マダムキラーなんだそうだ。
どんなお客さんとも仲良くできるもんだから、キッチン志望だったのがいつの間にかホールになってしまった。
「おおい、松野!カフェオレ!カフェオレできたぞー」
先輩の呼びかけに、はーいと返事をする。
「それじゃあ、失礼しますね?ごゆっくり」
銀のトレンチを小脇に抱えて、立ち去ろうとしたら「待ち人に会えるといいわね」と微笑むおばあちゃん。
マダムキラーなんて言われてる俺だけど、マダムに勝つまでの道のりは結構遠い。
「んじゃこれ、カフェオレ8番だっけか?」
「いやいや、先輩これは7番の松岡さんのですよ」
その言葉に、先輩がそうだったっけと答えるもんだから俺は先輩はと笑った。
そんな話をしながら、置かれたカップの持ち手を左側にする。松岡さんは左利きだから、こっちの方が飲みやすい。
「松野ってなんだかんだで凄いよな、常連さんの好みバッチリ把握してんだもん」
「にしし、先輩、俺を誰だと思ってんすか!カリスマレジェンド松野 おそ松ですよ!」
「お前の軽いノリ好きだわー」
カウンター越しで、そう言い合う。
洒落たジャズ音楽には、似合わないかもしれないけどこんな感じの軽い雰囲気が俺はわりと好きだ。