第7章 洒涙雨
「松野、おーい松野!」
「はいっ!って先輩か、マスターみたいな声出すの辞めてくださいよ。俺今でもトラウマなんすから」
カラカラと笑いながらそう言ったら、またまたぁと言うのは先輩だ。
「嘘つくなよ、お前俺のじーちゃんの事結構好きなくせに」
「いやん、バレた?」
そんな他愛ない会話をしながら、変わったお客さんの方を見る。俺が交換した苺のショートケーキを口に運んでいるのが見えた。上に乗っけていた苺を皿の隅に置いている。どうやら、苺は最後まで取っとく派のようだ。
「うちのじーちゃんにバレたら叱られるぞ松野」
「マスターなら同じ事してますよ」
ニカッと笑ってその光景を見る。
ケーキを一口頬張る度に、ほんの少しだけ口角をあげるお客さん。最後に苺を頬張った後、紅茶を飲み干して手を合わせていた。その仕草はすごく綺麗で思わずみとれてしまう。
「おい、松野!今度こそじーちゃんに叱られるぞ!」
「大丈夫ですって、マスター今ぎっくり腰なんでしょ?」
「それ伝えとくからな」
ニヤリと笑う先輩に、それだけは勘弁して下さいっていいながら笑う。このバイトをするきっかけは、雨の日の彼女だ。
なんとなく目に入ったのも、心の何処かでもう1度会いたいと思ったからだろう。
でも、あの雨の日のたった1日のできごとを覚えているなんてないんだろうな。ぎゅっと拳を握りしめて切なさを隠す。
もしかしたら、あの変なお客さんにかまったのは待っている自分と似ていたからかもしれない。
ボーンと大きな鐘の音が鳴って、現実に引き戻される。
ゆっくりと席を立つお客さんに合わせて、レジへと向かう。すると急いだ様子で駆け寄ってくるお客さんがなんだか可愛く見えて、笑ってしまった。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
お金を受け取る時も恥ずかしさのせいか下を向くお客さん。そんな可愛らしいところにキュンとしてしまったりして、どうやら俺ちょっと寂しい子みたい。
「ありがとうございました」
カランカランと鳴る扉に負けないように言えば、お客さんは小さくぺこりと頭を下げて出ていった。