第7章 洒涙雨
ふと母さんが洗濯してくれたハンカチを取り出す。
そっと刺繍をなぞりながら、晴れた空を見上げてはため息をこぼす。
本当、なんつーか綺麗な人だったな。
熱のせいか頭がぼんやりしていて顔とかほとんど覚えてないけど、でも確かに綺麗だと思った事は覚えてる。
「それ、誰のっすかー?」
さっきまで俺の声芸をしていた十四松が、横からひょっこりと顔を出してハンカチの匂いをかぐ。
「いー匂いっすな!いーにっおい!いーにっおい!」
くねくねと触手を自分の手で模しながら、大きな声でそういうものだから周りの松まで大集合。
「ふっ、おそ松にしては可憐すぎるんじゃないか?」
カッコをつけながら、やれやれといったポーズをとる青いツナギは金色のネックレスをゆらす。
「だー!余計なお世話だっつーの!」
おっきい声をだしていても、ふっとよぎる思い出はあまりにも綺麗すぎて現実から遠く身体が離れていくようだ。
「ねぇ、おそ松のこんなの見た事ある?」
「「ない、きもい」」
チョロ松の一言に、全員が全員同じ回答しちゃって本当に失礼だ。
ぼうっとハンカチを見つめていると、スマホをすいすいと操作しながらふっと笑いをこぼす末弟。
「その刺繍、桃の花だよね?今のおそ松兄さんにぴったり」
ぷっくくっと笑いながらそんな事を言われれば、それがどういう意味なのか気になるのが人間だ。
それを察したのか、ずいっとスマホ画面を俺に見せてくる。そこには、桃の花の花言葉が書かれていた。
「わたしは貴方の虜....?」
「...なに、兄さん恋でもしたの?」
にやぁっとゲスい顔で言ってくる一松、あぁもう、弟にいじられるとか俺絶対やだ。
「ちげーよ、ただ...。」
その先の言葉を言おうとして、俺は言い出せなかった。
「綺麗な子がいたからさ、声かけたんだ。けど、ほらいつもと同じ」
「ふられたわけだ」
すかさず言ってくれるチョロ松、タイミングがばっちりで次の言葉がスラリと出てくる。
「そーそー、にっひひ」
晴れた空なのに、耳元では雨音が聴こえてくる。
あの日の雨の音が、耳から離れない。
「口笛」
彼女の一言を思い出して、ふっと笑った。
すうっと息を吸って口笛を吹く。
わいわいと賑わっていた部屋に響く口笛は、いつもより少し切ない感じがした。