第6章 送り梅雨
次の日から私はがむしゃらに働いた。コールセンターでの仕事だ。コールセンターなら目の見えない者でも働けると選んだ職業だった。
仕事をこなせばこなすほどぶち当たる壁は、多くなる。相手は相手が見えないのだから、コールセンターでの仕事は心を病む事が少なくはない。むしろ罵声や、理不尽な要望に答えてこそだ。
泣いてしまう日もあった。あの雨の日のように温かい雨ではなく、氷のような冷たい雨を降らす日もなかったと言えば嘘だ。
それでも、どうしても....。
雨の日のたった1日、その思い出を胸に抱いて。
この目を治したい、出来ることならもう1度。
彼に会いたい...。
必死に仕事をし、帰っては眠り、また朝がやって来る。そんな日を繰り返し繰り返ししているうちに、思い出が色あせて行きそうなほど時間があっという間に流れる。
つのっていく想いだけが高く高く積み上がっていけば、それはため息になって空中に消えていく。
今にして思えば、彼があのたった1日だけのできごとを覚えている可能性の方が低いことに気づけずにいた自分を笑ってしまう。
彼の笑顔が見たいとただそれだけだ。
そんな単純かつ、可能性の薄い願いを叶えるために私は空を飛んだ。
怖くないと言えば嘘、見た事も無い世界、感じた事のない空気が私を包む。外国は私にとって宇宙空間に行く為には、当たり前にあるはずの宇宙服を着ることなく出ていくのと同じようなものだ。
心細さや、不安を振り払うように、入院中はゆっくりと本を開きながら、点の文字を何度も何度もなぞった。
雨の日の物語ばかり集めた本だ。
そのどれもこれも、どうにも切なくて胸を締め付けた。中でも心を締め付けたのは、織姫と彦星の物語だ。おかしいな、昔からこの物語は知っていたはずなのに、会えない悲しさからこぼれる涙が雨となって降る描写がなんとも切なかった。
何故雨はこんなに切ないものの象徴のようなんだろうと、雨という文字を撫でるたびに思う。
たった二文字に心を揺さぶられながら、手術の日は確実にあっさりとやって来る。