第6章 送り梅雨
カランと音をたて、銅製のベルが鳴り響く。
お会計をすませて、外に出る前に彼が扉を開けてくれたからだ。
1歩外に出れば、雨はもうすっかりと止んでいて楽しげな雨音は跡形もなく消え去っていた。
「ごちそーさん、ありがとな」
その後に紡がれる言葉は、どこかでわかっていた。
「それじゃあ」
こんなにも呆気なくやって来る別れが、胸を締め付ける。当たり前の事なのに、今日会ったばかりなのにそれなのにこんなにも胸が痛い。
短めな一言とともに去っていく彼の後ろ姿でさえ、私は見る事はできない。
もし、もしもだ、私が盲目じゃなかったらどうだったんだろうと心の中でもう1人の私が聞く。見える背中を追いかけたろうか、でもきっとそれは見えてなくとも見えていても変わらなかったろう。
だって私の足はもう動かないから。
お礼は言った、お会計も、駄々をこねて自分が払うと言ったのを押し切ってまでだ。それなのに満たされない気持ちは、なんだというんだろう。
パシャンと水たまりを踏んだであろう音は、もうずいぶんと遠くで聞こえる。
目まぐるしいほどの出来事を前にして、動く事ができないのは仕方の無いことなのかもしれない。けれどこの時、どうして彼を追いかけなかったのかと未来の自分は自分を責めるだろう。
けれど、けれどもう、心がいっぱいだった。
親切にされたからじゃきっとない、その気持ちを表わすには時間が足りなさ過ぎて...。
澄んだ口笛の音が、遠く遠くで聴こえて。
もし、もう1度会うことが叶うならとそっと自分の両目を撫でる。
願う事は一つだけだった。
彼の笑顔が見てみたい...。