第5章 甘雨
「その音が聞きたくて、だから雨ん中走り回って、よく母さんに叱られてたんだ」
にししって笑う声と、私の声が混ざる。馬鹿みたいだろって話す彼があまりにも楽しそうで、それにつられてか私も笑う。憂鬱な雨と人は言うけれど、そんな雨の中出会ったこの人は、晴れの日みたいにカラッとしていて、それでいて暖かい。
「お待たせしました」
定員さんの声がしてハッとする。どうやら時間が経っていたようで、注文の品がやって来たようだ。
「彼女がクリームパスタです、あ、あと食後に紅茶とコーヒーをお願いします」
テキパキと応対してくれる中で、ホットかアイスかを聞かれる。すかさずホットと答えると、彼もまたホットでと答えた。
「あー!やっときたきた!もう俺お腹ぺこぺこー!いっただきまーす!」
子どもがはしゃいでいるみたいに明るい声で、そう言ったものだから思わず笑ってしまう。
「あっ、今子どもみたいって思ったでしょ?俺のこと?」
「いえ、可愛らしい人だな...と」
思った事をそのまま口に出したら、上がっていく体温。なんて恥ずかしい事を言ってしまったのか、その後に彼からの返事はなくて少し不安になる。
「ごめんなさい、つい」
「あっ、えーと、うん!食おう!」
カチャカチャとせわしない音が聞こえてくる。こういう時、相手の顔が見えないと困ってしまう。どうしよう、気に触ることを言ってしまったのかもなんて思えば食器に伸ばそうとした手をピタリと止める。
すると、冷たい感触が私の手に触れた。
「ここにあるよー」
わからないと思ってくれたのか、食器を私の手の真下に移動させてくれたようだ。
「あ、ありがとうございます」
その優しさにまた嬉しくなって、お礼の後に黙り込んでしまう。今の私にはお礼を言うだけでいっぱいいっぱいだ。ゆっくりと呼吸をすれば、クリームパスタの香りと、トマトの香りが混ざった匂いがする。
ドキンと鳴る胸の奥、その意味がわからないままゆっくりとパスタを口に運ぶ。
口の中でゆっくり解けるクリームパスタは、優しい味がした。