第5章 甘雨
「ご注文はお決まりですか?」
タイミングを見計らってか、彼以外の声が横から聴こえてくる。それと同時に手元にひやりとしたものが置かれる。
「うーんと、んじゃ俺これ!」
「じゃあ私は、サーモンのクリームパスタで」
二人して同時に注文してしまい、思わず口に手を当てて笑ってしまう。タイミングが合うことがどことなく嬉しくて、胸がほんわりと暖かくなった。
「お飲み物はいかがしましょう?」
食後の事を考えてなかったせいで、面食らってしまう。パスタの事で頭がいっぱいだった。
「あっ、後でまた注文しても大丈夫ですか?」
定員さんの質問にすかさずそう返してくれたので、かしこまりましたと去っていく足音。
「んと、飲み物ね。コーヒー、紅茶、バナナジュース、それから」
そしてまた、メニューの復唱をしていく彼に耳を熱くする。些細なこと、それはとても些細な思いやりだ。でもそんな些細な事ほど胸に染みる。
見えていないからこそ、見える世界が広い。見える人よりも思いやりに触れる回数が多いことは、それはそれで幸せな事なのかもしれない。
「じゃあ、紅茶にします」
「んじゃ俺はコーヒーにしよっかな」
ジャズ音楽と雨音がゆっくりゆっくりと2人の間に溶け込んでいく。こういう時何を話せばいいんだろ、そんな事を思いながら音に耳を傾ける。
「...雨音っていいですよ...ね」
ぽつりとこぼすように言葉を落とす。
人と話すことに慣れていないからか、話題に困りすぎて思わず出た言葉。そのせいか、最後の言葉が小さめになってしまった。少しの沈黙、気まずさが近寄ろうとした時だった。
「俺さ、雨の中走り回んのが好きだったんだ」
カランと小さく、何かのぶつかる澄んだ音が鳴る。きっとコップの中の氷だろう。
「雨の音って強さによって様々だけど、俺は傘に当たってなる音がなんか好き」
「あっ、あのパラパラっていう音?」
「そうそう、なんか楽しい気分になるからさ」
彼の一言に声を弾ませて、頭の中で傘の上で楽しそうに踊る雨粒の音を思い出す。