第5章 甘雨
「なーなー?それって癖なの?」
いきなり話題をふられて、ぴたりとパスタを運ぶのを止める。癖とは何の事だろうかと首を傾げれば、不思議に思った事をそのまま伝えてくれた。
「ほら、パスタを皿の端にしてたから、なんか気になって」
あぁ、と思いながらカチャリと皿の上にフォークとスプーンを置く。たしかにこういった食べ方をする人は少ないかもしれない。
「パスタを端にするのは、食べやすくする為なんですよ。端に寄せた後に巻くと、食べた時にパスタが短くなりにくいんです。だから最後まで食べやすいんです。それが身についちゃって」
へー、知らなかったと笑って、だから俺はパスタが短くなるのか、食いにくいと思ってたんだよなと一言が付け加えられると思わずパスタを吹きこぼしそうになった。
「んじゃ俺もこれからそう食べよーっと」
在り来りかどうかはわからないけれど、そんな他愛もない言葉こそ食卓に並べるには丁度いい。
「そうだ、貴方は癖とかあるんですか?」
「んー、癖ねぇ」
少し間が空いて、いきなりああっと一言。
「鼻の下擦る癖があるんだよ、なんか無意識でさ、気づいたら今もやってた」
たしかに無意識でやってしまう事こそが、癖というものだ。それにしても彼は何故鼻の下を擦るのだろう。
「なんで鼻の下こすんだろうね?」
全く同じ事を考えていたものだから、またパスタを吹きこぼしそうになった。慌てて水を手探りで探して、口に含む。コップの汗が冷たくて、ひんやりと手を冷やせば気持ちが高揚しているのがわかった。
「やべー、俺そんなおもしろい?」
常に笑う声が聴こえるのが嬉しい。楽しいと思う事ができるのは、きっとこの人だからなのだろう。
「おもしろいです、何というか食事がとても楽しい」
自分の笑顔を見た事は1度もないけれど、きっと今上がっている口角はこれまでにないくらいだと思った。
楽しい食事は、パスタを巻く食器の音、笑い声、雨が窓を叩く音、ジャズ音楽、たくさんの音とともに刻々と過ぎていった。