第3章 肘かさ雨
ピタリとその音に立ち止まった瞬間、ドンッと音がなってしまう程に私の体に何かがぶつかった。カランと軽く音がなれば、私の道を教えてくれる白杖が雨の中に紛れ込んでしまう。
「痛ってえなぁ!ちゃんと前向いて歩けよ!」
罵倒が私の鼓膜を激しく叩き、すみませんと言うしかできない。雨の中を歩いていたせいだろうか、それとも傘が邪魔をしたんだろうか、怒鳴る相手には私が盲目である事がわからなかったらしい。
「ボーッとしやがって、気色悪いなぁ!」
ぶつかった事は悪いことをしてしまったけれど、そこまで言われるのはおかしいんじゃないかなどと考えてしまう。目が見えないから特別扱いしろだなんて考えた事はないけれど、心無い人は何処にでもいる。
「本当にすみませ...」
「いやー、どう見てもおじさんが悪いでしょ」
私の言葉を遮ったのは、少し枯れた声だった。
光景が見えない私には何が起こっているのか全く分からないが、雨の中で私を庇う声はやけに大きく聞こえた。
「ながらスマホしてたじゃん、何?ボケモンgoか六つgoかなんかしてんの?やだやだ、こういうダメ人間がいるから子どもがマネするんだよ?いい?社会のクズにもルールってのがあるわけ、自分に迷惑かけんのは勝手だけど他人に迷惑かけちゃダメでしょー」
ため息混じりの流暢に出てくる台詞は、的をいてるようなそれでいて人の神経を逆撫でしまくるようなそんな台詞。
「な!誰がクズだよ!」
「えっ?クズ?なんのことぉ?俺独り言言っただけなのに反応しちゃうとか自分でクズって認めてんの?」
カラカラ笑いながらそんな事をいう、丁度人の神経をダイレクトに追い詰めるようなそんな言葉の数々に相手の矛先はその人へと向かう。
「なめやがって!」
「えっ、やだ怖ーい、暴力でかたつけようとするんだ怖ーい。警察に電話しちゃおっかなぁ」
オロオロとするしかできない私に、枯れた声の持ち主は随分と余裕そうで飄々としていた。
「どうする?多分今警察呼んだら確実におじさんが悪くなっちゃうけど?」
その言葉の後に、小さな舌打ちが雨に掻き消えた。