第3章 肘かさ雨
ピシャンピシャンと音がして、大きくなっていく。ピタリと音が止んだかと思えば、すぐ近くで声が聴こえた。
「災難だったね?大丈夫?」
いきなり近くで声が聴こえたものだから、ビクッとしてしまう私にごめんごめんと声がした。まずはお礼をと思いつつ、ふと気づいたことをそのまま言葉にしてみる。
「口笛」
いつの間にか聴こえなくなった口笛に、ハッとして雨みたいにポツリと零れた言葉は自分でも意外だった。
「え?ああ吹いてた...けど?」
「綺麗な音だったから」
だから、思わず立ち止まってしまったのだと伝える前に慌てて口を閉じる。これではまるで人にぶつかったのは貴方のせいとでも言っているようだったからだ。
お礼を言いそびれていると、そっと手を持たれる。雨の中のはずなのに温かいその手は、私に何事も無かったかのように白杖を持たせてくれた。
「これでよしっと、気をつけて」
綺麗な口笛を吹くその人は、その言葉だけを残して私から遠ざかろうとした。
「あ、ま、待って」
雨の中で呼び止める声は、自分でも驚く程によく響いて見えない背中を止めたのか声がする。
「なにー?」
「お、お礼を!お礼させて下さい!」
どこを見ていいかわからなかったけれど、その人を真っ直ぐみるように必死にその方向を向く。
「お礼?いーよ、俺が勝手にやったし」
遠くに聴こえる声をまさぐるように、ゆっくりとその方向へ歩くとバシャバシャと音が近づいてくる。
「見えてないんでしょ?いいって言ってるのに、危ないから」
近くで聴こえた声に手を伸ばして、そっとその肌に触れる。雨に濡れた肌は少し冷たいけれど温かくて柔らかい。きっと頬を触っているんだろう。
「桃色」
手の平をそっと左右に動かしながら、一言だけそう言えばゆっくりと傾く顔。あぁ、何を言っているのかわからないんだろうなと思えば紡ぐは言葉。
「肌の色は、桃色。見えてないけど、見えてます」
しとしと降る雨の中で、一生懸命笑った。