第2章 地雨
「あの、いきなりなんですけど、こっちも下げていいですか?俺のお昼ご飯にするんで」
突然の言葉にポカンと口を開いたまま定員さんを見つめた。二十年近く生きてるけど人と目を合わせるのが苦手な私が、こんなに他人と目を合わせたのは初めての事だ。
「いや、お客さんいっつもパスタ残してくでしょ?アレな話なんですけど俺のお昼になってるんですよ、でも長時間置きっぱなしだと麺がカッピカピになっちゃって」
お客さんにする話ではない。よくできた定員さんと思っていたのに、その発言は普通の定員さんとしても人間としても好ましくはないだろう。
普通ならここで怒る人だっているかもしれない。だけど、ふふっと口に手を当てて笑っている私がいた。
「どうぞ、かっぴかぴは嫌ですもんね」
思わず笑ったら、定員さんはにかっと笑う。その笑顔のせいだろうか、なんだか憎めない定員さんだ。
「よかった、俺毎回食べるんですけど、麺がパッサパサだから口の中の水分ほとんど持ってかれて砂漠になっちゃうんですよ」
砂漠というたとえが自分のツボにはいって、いつの間にか自分にも咲く笑顔。
「お飲み物は紅茶でよかったですか?」
「はい、お願いします」
冗談か本気なのかはわからない発言の後に、しっかりと仕事をしはじめる姿がなんともシュールで心が和む。
この仕事は長いのだろうか?それとも天性のものなのかわからないけれど、すっと人の心に入りこんでくるような接客はなかなかできるものじゃない。
お皿を持ちながら爽やかに笑われると、不覚にも心臓が高鳴る。決して特別カッコイイという訳じゃないのに、どうしてなのか自分でもわからない。
待ち人が来ないことが寂しすぎて、何かしらの錯覚を起こしてしまったんだろうか。
窓の外を見ながら、また雨粒を数えた。