第16章 お前だけに愛を囁く(明智光秀/甘め)
城までの坂道を迦羅と歩いている。
俺から少し遅れて歩く迦羅のほうへチラリと目をやると、難しい顔をしてただ足元を見ている。
この女は笑ったり怒ったり悩んだり、その顔を見ていると本当に飽きる気がしない。だからこそ、苛めてやりたくなる。
「…ありがとうございます」
不本意そうに礼を言う。
「そんな顔で礼を言われても嬉しくないな」
また、茶化すように言ってやる。
何か言い返すかと思ったが、言葉は返ってこない。
ふと歩く距離が離れたのを感じて足を止め、迦羅のほうへ向く。
俯いたまま、何か考えるように眉間に皺を寄せている。
「どうした?」
「光秀さんって、嫌な人なのか良い人なのか、わかりません」
それはそうだろう。
俺を良い人間だと思う奴などそう居るものではない。
何を悩む必要がある。
「早く戻らねば、台所番が待っているんだろう?」
「あ、そうでした!」
早足に俺の横まで来て、そこから二人並んで城まで戻った。
台所の前まで来ると、
「助かりました、どうもありがとう」
今まで俺に向けたことのないような笑顔で礼を言う。
初めて間近で見るその笑顔に、これまで感じていなかった何かがすっと胸に吹き込んだ。
差し出された両手に、預かっていた砂糖の袋を渡す。
意図せずに触れ合った指先が、妙な温もりを感じさせた。
「光秀さん?」
「せいぜい頑張るんだな、花嫁修業」
「なっ、嫁に行く予定なんかありません!」
顔を赤くして眉を吊り上げ、怒ったように言い返される。
「当たり前だ。貰い手なんかないだろう?」
意地悪く言うと、べーっと舌を出して台所へ消えて行った。
「まったく、からかい甲斐のある…」
普段ならただ面白い遊び道具としてからかっていたんだが…
何故かこの時はー、少し違ったような気がした。
「ふっ、何を馬鹿な」
ふとして浮かんだ妙な気持ちを拭い去るように、己に呟いた。