第10章 複雑な温度(顕如/甘め)
この女子、何処かで出逢っている。
記憶をめぐらせ辿り着いたのは、あの本能寺の夜。
森に迷い込んでいた女子ではないか。
余程迷い込むのが好きなのか…?
「女子一人、このような所で一体何をしているのだ?」
「さっき入ってきた人達に追い掛けられまして…」
「何故追い掛けられた?」
「さぁ?林道に入ったところでばったりと…」
何と身の危険を知らぬ女子か。
かような時刻に一人歩きをするなどと。
肝が据わっているのかあるいは馬鹿なのか。
「名は何と言う」
「迦羅と申します」
あたりが暗くなり、蝋燭に火を灯す。
すると、迦羅が私の手元を見て驚いた顔をする。
「怪我をされてるんですか!?」
「たいしたことはない。案ずるな」
左腕の着物は破れ、血が染みている。だが、傷自体は何でもない。
しかし、迦羅はパッと私の左腕をとると袖をまくりあげ、傷を確認する。あまりの素早さにされるがままだった。
「血は止まっていますね。傷も浅いみたい」
ほっとしたように顔を緩める。
「でも、このままにしていたらばい菌が…」
そう言うと、己の襦袢の袖を引き千切り始めた。
「おい、何をしているのだ」
引き千切られた襦袢を、包帯代わりに私の傷に巻いて縛る。
「何もないよりはいいと思いますよ」
ほころんだ笑顔は、何とも美しかった。
しかし珍妙な女子だ。
破れ寺で私のような男を前に、何を臆することもないとは。
この私を少しも恐れていないのか?
「今頃家の者が案じているぞ」
「…耐えられなくなって、飛び出して来たんです」
消え入るような声で答える。
何があったかー、と口を開こうとしたが…寂しげな顔を見れば問いただす気は失せていた。
寺に空いた無数の穴から、冷たい隙間風が入り込んでくる。
こんな所まで歩いて、追われるままに逃げてきたという迦羅の身体は、疲れからかウトウトと揺れていた。
一層強く吹きこむ風に身震いし目を覚ます。
しかしまた、ゆっくりと瞼が閉じていく。
何とも困った女子であるものだ。
眠りにおちていく迦羅の身体をそっと抱き寄せ、背後から優しく包み込む。
風除けのためだー。
不思議とその温もりに溶かされるような己の心に言い聞かせて