第10章 複雑な温度(顕如/甘め)
この日、またもや信長に心を弄ばれた迦羅は、気を紛らわせようと城下にやって来ていた。
露店を眺めて歩き、夕刻も近付いてくる。
そろそろ戻らなければ、と城に足を向けるが…
ふと、迦羅の頭にあの憎らしい嫌味な顔が浮かんだ。
何度も人前で恥ずかしい思いをさせる、あの鬼のような暴君の顔が。
「だめだ!もう頭にきた!」
胸に抑え込んでいた怒りが、ついに爆発した。
城へは戻らず、無意識に歩き、城下をだいぶ離れていた。
行くあてはないが、あの顔を見たくない一心でひたすら歩き続ける。
林道に入ると、薄暗さが一層際立ち、にわかに不安が募る。
すると、自分のものではない足音が耳に入り、振り返る。
「こんなところに女とは、意外だねぇ」
「天の恵みってやつか…ちょうどいい」
お世辞にも清潔とは言えない身なりの男二人が、上から下まで舐めるように見ると、手を伸ばしてきた。
恐怖のあまり一目散に走りだす。
茂みに入りこみ、追ってくる足音と小汚い言葉を聞きながら、ただひたすら逃げた。
どのくらい走ったか、息が切れて立ち止まり、ふと顔を上げると、そこに破れ寺がある。背後からまた足音が聞こえた。
身を隠そうと破れ寺に飛び込み、戸を閉めた。
まだ足音が聞こえてくる、隠れられそうな所はー。
太い柱に近付いた時、突然伸びてきた腕に捉えられ、背後から口を塞がれた。
「ー!?」
「見つかりたくなくば、じっとしていろ」
耳元に微かな声がかかる。
わかったとばかりに首を縦に振ったその時、寺の戸を開けて誰か入ってきたのがわかる。
「何処行きやがった」
「せっかくの獲物だったのにな」
先程の男達がぐるっと中を見回し、女が居ないことを確認すると舌打ちしながら外へ出ていった。
足音が遠ざかり、寺の外に人の気配がなくなったことを確認すると、迦羅の背後に居た者がその腕を解く。
「っはぁ…助かった…」
まだ息は切れているが、安堵からぺたりと座り込む。
「このような所に女子一人とは」
柱の影から、かっちりと体格の良い男がふらりと現れる。
顔には大きな傷があり、僧衣のようなものを纏っている。
「あ、危ない所を助けて頂いてありがとうございました!」
丁寧に頭を下げる。そして顔を上げると、男はハッとしたように迦羅の顔を見た。