第83章 眩暈 〜memai〜(上杉謙信/微甘)
「お前は余程俺に斬られたいようだな」
血も凍るような冷たい目をした謙信様は、刀の柄に手を掛けながらゆったりとこちらへやって来る。
しかし家臣の人は怯む様子も無く謙信様を見据えていた。
「何故このようなことが出来るのです!?」
「何のことだ」
「愛する女性を牢に閉じ込めるなど…正気の沙汰ではありません」
「…お前にはわからぬ」
刀を抜き放った謙信様が一歩前へ踏み出し、そしてー
「謙信様!やめてっ!!」
………???
ぎゅっと瞑った目を開けると
謙信様の前にはいつ現れたのか佐助くんが立ちはだかって、その刃は佐助くんの身体に触れるギリギリの所で止まっていた。
「佐助…俺の邪魔をするか?」
「迦羅さんの目の前で斬るつもりですか」
「………」
「この人は俺が連れて行きます」
呆然とする家臣の腕を掴んだ佐助くんは、謙信様の横を通り過ぎて戸へ向かう。
「佐助くんっ!どうか手荒なことは…」
「迦羅さん、安心して」
少しだけ微笑んだ佐助くんはそのまま出て行った。
下ろした刀をきつく握り締めたままの謙信様。
「謙信様…」
「………」
顔を上げたその表情は、まるで出逢ったばかりの頃のように冷たくて…私の心まで冷えていくような気がした。
「一体…どうしたんですか…?」
「お前のせいだ」
「私の、せい?」
刀を鞘に収め、格子のすぐ側まで近付いた謙信様。
間から差し込まれた手にぐっと頭を引き寄せられて、格子越しに色違いの目が迫る。
背筋がぞくりとするくらい…澄んだ目。
「牢屋に入れられても、俺が好きだと言ったな」
「…はい」
「今もそう言えるか?」
「…はい」
「ならば何故震えている」
あ…。勝手に身体が小さく震えていた。
謙信様が、目の前で人を斬るところだったから?
それもあるけど、私が怖いのは…
「私は、牢屋に入れられても構いません。でも…謙信様にそんな目で見られるのが怖いんです」
「何?」
「そんなに私が信用出来ませんか?」
そう問えば、色違いの目が僅かに揺れる。
このすべてを儚げにしか見ない目…すべてを切り捨てるような冷たい目が、私は怖い。
「俺はお前を失うことだけが、ただ恐ろしいのだ」