第83章 眩暈 〜memai〜(上杉謙信/微甘)
はぁ…また此処に戻って来るなんて。
頑丈な格子で向こうと遮られた、良く言えば懐かしい場所。
「謙信様…」
格子越しに見る謙信様は、あの頃みたいに読めない表情をしている。
ーガチャン
重い錠を掛けた謙信様は、格子の間から手を伸ばして私の頬を包む。温かな手が、此処に居ろと言い聞かせるみたいに。
「迦羅…俺が憎いか?」
「…いいえ」
「そうか」
そうして手を離した謙信様は背を向けて出て行った。
いつもみたいに、微笑むこともなく。
「……」
この牢屋には静寂だけが漂う。
でも、牢の中はあの頃のまま…場違いなまでの贅沢な調度品が置かれている。
あの時、此処で過ごす時間がなかったら
私はきっと今頃謙信様の側には居なかったんだよね。
こうしてみるとなんか複雑だけど…。
こんな風に牢屋に入れられてるのに、不思議と悲しくないのは何でなんだろう。
私ってば変なの。
牢の中では特にすることもなく
文机に置かれた書物を捲ってみる。
……駄目だ。
文字が流暢過ぎて読めないところばっかり。
せめて裁縫道具があったらなぁ。
そんなことを思いながら目を閉じると
緩やかな微睡みへと落ちていった…。
カタンー
ん……謙信様?
物音に顔を上げると、そこに居たのはあの家臣の人。
「迦羅様!大丈夫ですかっ!?」
途端に私は目が覚めた。
ああーもうっ!!何で来るの!?
さっき刀を向けられたばかりじゃない!!
「何してるんですか!?見つかったら大変ですよ!」
「しかし迦羅様が牢屋に入れられたと聞いて、居ても立ってもいられなくて」
「私は大丈夫ですから早く戻って下さい!」
今度は本当に謙信様に斬られるかもしれないって言うのにっ!
「こんな酷いことがありますか!」
「いいから早く行って下さいってば!」
もう本当にどうしてこう学習しない人なの…
心配してくれているのはわかるけど
貴方のほうが酷い目に合うんだって!!
「お願いですから早く出て行って…」
そこまで言った時
格子越しに、謙信様が足音も無く入って来るのを見たー
ちょっとちょっと…
…最悪だ…