第77章 白銀ノ月 ー3ー(石田三成)
一方その頃。
秀吉の御殿から城へ戻っていた家康は、領地視察の報告書を持って天主に来ていた。
報告書に目を通しながらも、信長は向かいの家康をじっと見据えた。
「おい貴様、一体何だその顔は」
「は?」
突然〝その顔〟と指摘された家康は意味がわからず問い返す。
「まるで此の世の終わりでもあるかのような酷い顔だ」
「…っ、元々こう言う顔ですから」
「成る程。それは可哀想にな」
「…ほっといて下さい」
「ふっ」
言い返す余裕は有ると安心した信長は、再び手元の報告書に目を落とす。
無駄の無い、詳細かつ簡潔に纏められた報告書は見事なものだった。
「御苦労であった」
「はい」
用件を終え立ち上がろうとする家康に
信長はまた口を開いた。
「で、何があった」
「はい?」
「その顔の理由を聞いている」
「…まだ終わってなかったんですか、その話」
面倒なように答える家康からは、次の言葉は出て来ない。
何と問われてどう答えるべきか。
いや、理由はわかってはいるが、それを話す気にはなれなかった。
「別に、何もありません」
「そうか。ひとつ言っておこう」
「え?」
「やった結果が伴わない後悔より、やらぬ後悔のほうが身に沁みるとな」
ニヤリと口の端を持ち上げる信長は
恐らく何かに勘付いている。
そんな一言に頭を殴られたような感覚に襲われた家康は、それ以上言葉を発することなく、頭を下げ天主を出て行った。
ひとり残った信長は、何気無く文机の上をトントンと指で叩きながら、ひとつ呟く。
「良からぬ風が吹きそうだ」