第76章 白銀ノ月 ー2ー(石田三成)
「平静に、平静によ」
秀吉さんの御殿で集まっていると言う皆の所へ、預かった文を届けにやって来た。
今朝みたいなぎこちない態度では申し訳ないし、いつも通りに振舞わなくちゃと深呼吸して、襖の前で覚悟を決めた。
「…よしっ!」
「なーにぶつぶつ言ってるんだ。いいから早く入ったらどうだ?」
「わぁっ!!」
背後から現れた秀吉さんに、心臓が止まりそうになる。
「ほら皆、迦羅が来たぞ」
襖を開けながら秀吉さんが声を掛けると、中にいた家康と三成くん、政宗が一様にこちらを見る。
…う…。
「あら、こんにちは迦羅様」
にこやかに天使の笑顔を見せる三成くん。
その事に、何だかとても安心した。
こうして三成くんが普通に接してくれてるんだから、やっぱり私も…昨日の事は一旦忘れよう。
「お仕事中ごめんね、文を預かって来たの」
「お、ありがとな」
「俺にも?…ありがと」
「いつも悪いな、お前に届けさせて」
「ううん、いいの」
三人それぞれに文を渡し、最後は、三成くんへの文。
「はい、三成くんにも」
「どうもありがとうございます」
笑顔で文を受け取る三成くんの指先が、私のものと重なった。
驚いて顔を見ると、何だか少しだけ意味を含んだ笑みに思えた。
一瞬だけで、すぐにいつもの優しい微笑みに戻ったけど、それだけで身体中に電気が走ったみたいだったの。
平静に、と思っていた筈の心がまたドキドキと騒ぎ出して、私はもうどうする事も出来なくなっていた。
「迦羅?大丈夫か?」
「え?あ、うん!私もう戻るね」
「こっちはようやく終わった所なんだ、少しゆっくりして行けよ」
政宗が菓子の乗った盆を差し出しながらそう言ってくれるけど、今の私には此処に居られる自信はないみたい。
「まだ仕立ての仕事もあるし、今度ゆっくり遊びに来るね!」
「そうか?じゃあまた今度な」
「うん、お邪魔しました」
精一杯の自然な笑顔を作り、秀吉さんの御殿を出る。
通りを歩いていると、また、先程の事を考えてしまう。
何をそんなに意識しているんだろう。
これじゃあ皆に変に思われちゃうよね…。
とは言っても…昨日のあれが私の、初めてだったのに…。