第75章 白銀ノ月 ー1ー(石田三成)
空が白んで来た早朝。
数羽の鳥の僅かな囀りで目を覚ます。
昨夜、三成くんが御殿へ帰った後も頭の中を整理し切れずに、結局遅くまで眠りには就けなかった。
「はぁ……」
何に対してかわからない溜め息が零れる。
きっとそれは罪悪感なのかもしれない。
ずっと家康を想っていたはずの心の中に、あんなに簡単に他人を受け入れてしまうなんて。
それだけ隙があるってことだよね。
三成くんを気になり始めているのも確かなんだし…。
「私って嫌な女…」
布団の上で身体を起こしたまま
僅かに白んでいた空が、明るい水色に変わっていくのを感じていた。
……………………………
陽が昇っていくと共に、城内には人の気配が集まり始める。
庭へ出て花壇の花に水遣りをしていると、廊下から誰かの視線を感じた。
「…あ」
「おはようございます迦羅様」
「お、おはよう…三成くん」
滲み出て来るぎこちなさを必死に隠すけど、どうにも上手く笑えていないみたい。
向こうの三成くんが一瞬だけど複雑そうな顔をしたのがわかった。
「今日もお仕事頑張ってね」
「ありがとう御座います。迦羅様も」
そんな言葉を掛けるのが精一杯で…。
去って行く後ろ姿を、ただ見送った。
水遣りを終えて廊下に上がった時、今度は廊下の奥から来た家康と鉢合わせた。
「目、赤いけど?」
「あ…昨日夜更かししちゃったからかな」
「そう。女の子なんだから、もう少し気遣いなよね」
「…うん、そうだね」
「眠れないこと、あったの?」
「えっ?な、何もないよ!」
「ふーん、そう」
そう言うと踵を返し、いつもと変わらぬ態度で家康は去って行く。
ついこの間まで、こうして家康と交わす言葉に対する胸の高鳴りには、恋心と言う純粋なものがあったに違いない。
それが今、純粋なものでは…なくなっている。
そしてそんな自分自身の心に
言い知れぬ不安のようなものが、少しずつ、姿を現していたー。