第74章 月花の誘惑(石田三成/甘め)
ザッ、ザッー
人通りの途切れた城下の道には、私と家康様の足音だけが響く。
「お前、何か言いたいことがあるんじゃない」
「いえ、ありませんよ」
「…そう」
肩を並べて歩く二人の間には、何とも言えない空気が漂い、私の胸は妙に騒ついていました。
可笑しなことに、それが何とも心地良くて…。
「家康様のほうこそ、何か言いたいのですか?」
「……」
「例えば迦羅様のこととか」
「…お前、迦羅のこと好きなの?」
足を止めた家康様は一歩後ろから、そう問いかけました。
此処で嘘をつく気にもならず私は笑顔で振り返ります。
「はい。好きですよ」
「そう」
「そう言う家康様はどうなのです?」
「俺はー」
家康様が言いかけた時、突如として一陣の風が二人の間を悪戯に吹き抜け、掻き消された声が宙を舞う。
「…何でもない」
何事も無かったようにまた歩き始める家康様。
ですが、私にははっきりと聞こえました。
家康様の声が。
先へ進んで行く背中を見つめながら
言いようのない複雑な鼓動が鳴り
私は口元に、微かな笑みが浮かぶのを感じていましたー。
「負けません、からね」
届くことの無い私の呟きが夜気に溶けたー。