第73章 織姫の願い(第53章続編SS/光秀)
曲がり角に差し掛かった時に、突然出て来た人影を避け切れずに身体がぶつかってしまう。
「わっ…!!」
よろける身体を守るように掴まれた腕。
危うく転ぶところを助けられて、その人を見上げた。
「お前は猪か何かなのか?」
「あ…光秀さん」
言葉を交わす私たちの周りを
音を立てる雨粒が次第に激しくなっていく。
パッと傘を広げた光秀さんが掴んでいる私の手を引き、傘の中に引き寄せた。
「今日は雨になると言った筈だが」
「…すみません。さっきはまだ晴れていたので」
いつもの調子でドジを責められると思うと
勝手に肩の辺りが縮む。
歩き出す光秀さんに着いて雨の中を歩き始めるけど…このまさかの展開にいまいち頭がついてはいかない。
どうして光秀さんは来てくれたの?
傘を持たずに来た私を迎えに……
なんてそんなことは無いか。
きっと偶然だよね。
この雨のせいで通りには疎らな人影しか無い。
いつもならさっさと行ってしまう光秀さんが
今は私に歩幅を合わせて歩いてくれる。
…光秀さんが文句も言わずに居るなんて。
チラリと伺う顔は、特に怒っている風でも無い。
こんな天気の日でも、格好いいんだなぁ。
「何を見惚れている」
「えっ…!?ち、違いますよ!」
もう!何でもかんでも当てちゃうんだから。
誤魔化すのも大変だよ。
バシャバシャッ———!!!
と、向こうから三人の子供たちが駆けて来る。
この雨の中、遊んでいたのだろう。
元気に通り過ぎる子供たちの足が水溜まりを蹴り上げ、跳ねた水がこちらに飛んで来た。
私を庇うようにした光秀さんの着物の袖が
その水飛沫を浴びた。
「あっ、大丈夫ですか!?」
「何、たかが水だ」
何でも無いように言うけど、せっかく綺麗な白い着物なのに…。
私は懐から手縫いのハンカチを取り
光秀さんの袖口を押さえる。
どうやら泥は跳ねていないみたい。
「おい、何か落ちたぞ」
「え?」
足元を見ると、仕舞っていたあの短冊。
拾い上げた光秀さんに差し出されたそれは、既に雨水で濡れ、書いた文字は滲んで読み取れなかった。
「取っておきたかったのだろう?」
「いえ、もういいんです」
「そうか。これでは読めんな」
残念そうに短冊に目を落とす光秀さんが
何だかいつもと違って可愛く見えた。