第73章 織姫の願い(第53章続編SS/光秀)
パシャリ、パシャリ——。
再び歩き始めた私たちは
間も無く城へ着く頃だった。
「願い事は叶いそうなのか?」
「さぁ…どうでしょうか」
「頼りない返事だな」
「だってわからないんですもん」
願い事は誰かが叶えてくれる訳じゃない。
結局は私が頑張れるかどうか、だから。
こうしてすぐ隣に居ても
私にはまだ勇気が湧かないでいる。
「何と書いた?」
「あ、光秀さんに……」
—————!!?
だ、だ、ダメダメっ!!
私ってば何を答えようとしてるの!
「そんなこと教えられませんよ!」
「〝光秀さんに〟まで聞いてしまったが?」
「もう忘れました!!」
ああもうっ!私の馬鹿!!
またからかわれる材料を与えただけじゃないの。
赤らむのがわかる顔を隠そうと俯くと
私の耳元に光秀さんの唇が近付く。
「忘れたのならば俺が教えてやろう」
「…な、何を?」
「お前の書いた願いは————」
頭の中が真っ白になった。
光秀さんが囁いたそれは
紛れも無く私が書いた願い事。
この雨に濡れた短冊が読めたって言うの?
「……………」
「ほう、図星か」
「ち、違います!私はそんなこと…」
「ならば確かめてみるか?」
思わず顔を向ければ一際楽しそうな、それでいて意地悪なあの微笑み。
確かめる?何を??
ぶつかる視線に囚われそうで一歩身を引くと、すかさず光秀さんの手が私の腕を捕まえる。
そのまま城とは別の方角へと歩き始めた。
「ちょっと光秀さん…何処にっ…」
「確かめると言っただろう。お前が本当に俺の意地悪に耐えられるのかどうかをな」
「えぇ!?」
暫く歩けば見えて来たのは光秀さんの御殿。
ちょっと待って……
まさか本気で言ってる訳じゃないでしょう?
「あの、光秀さん…?」
「逃げるなよ。俺の願いが叶わなくなる」
私と雨を映して艶やかに濡れる光秀さんの目。
もし逃げようとしても
到底逃げられ無い気がした。
掌に見るあの短冊は
濡れて黒く滲んだただの紙切れ。
でもそこに、文字が見える気がする。
〝光秀さんに意地悪されても、私は光秀さんのことをいつまでも好きでいたい〟
完