第7章 天使の憂鬱(石田三成/微甘)
その頃、城の一室では皆が集まり、暫しの一服をしていた。
一足遅れてやってきた家康が、ほっとしたような顔をする。
「良かった、あいつは来てないみたい」
「お前な、名前で呼んでやれよ」
呆れたように秀吉が眉間に皺を寄せる。
「誰のことかわかったなら、いいんじゃないですか」
悪びれる様子もない家康に、秀吉は肩をすくめてみせた。
「声はかけたんだけど、本を読むみたいだったから」
迦羅はさっきのことを話した。
いつものことだと政宗は笑っている。
「しかしなー、あいつ書を読み始めると他が目に入らないんだよ」
「ったく、飯は食えって言ってんだが」
「死ぬまで放っておけばいいんですよ」
そんな会話が続いた。
「えっ、ご飯も食べずに読書するの??」
迦羅が驚いたように顔を見せると、毎度のことだと皆が言う。
「でも、そんなことしてたら身体を壊しちゃうんじゃ」
政宗が心配いらないとばかりに笑う。
「大丈夫だ、俺がちゃんと飯食わせてやるよ」
本人がいないとばかりに、その後も三成の話題が止まらない。
食生活が荒んでいるとか、いつも寝癖がついているとか、一言で言えば悪口ばかり。
「何か書物以外にも興味を示せばいいんだが」
世話焼きの秀吉はたいそう心配そうにしている。
すると、薄笑いを浮かべた光秀が口を開く。
「あぁ。例えば…女、とかな」
クックッといやらしく笑う。
すると皆はそれこそ一大事だと、吹き出してしまった。
「でも、三成くんならモテるでしょ?針子仲間の皆も、三成くんの笑顔は最高だーって言ってるよ?」
すると皆はまた笑い出してしまう。
「それを本人が自覚していればな、万が一なんてこともあるかもしれねぇが」
政宗は堪えられないといった顔で、肩を震わせ笑っている。
「しかし三成だって男だからな。そりゃいつかはそんな日が来る」
秀吉が真面目な顔で頷くのを見て、家康は溜め息をつく。
「ほんと、くだらない」
こんな話をされているとも知らず、書庫では三成が繰り返すくしゃみに襲われていた。
そしてこの時、すでに三成の中に芽生えている迦羅への恋心を知る者は、誰も居なかった。