第65章 天邪鬼な子守唄 −5−(徳川家康)
「うああぁぁ!!だ、誰か———!!!」
突然、耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
「—!!?」
「な、何っ!?」
驚いて身体を起こすけど、人影は見えない。
不安そうに俺の着物を握ってる迦羅。
森に近いほうから、何か物音がする。
「迦羅、ここに居て」
「い、家康っ…」
「いい?絶対動かないでて」
「…わかった」
その場に迦羅を残し、音のするほうへと走る。
近付くとまた男の怯えたような悲鳴が聞こえ、視界に倒れる人影が見えた。
「おい!何があったの!?」
突っ伏した身体を抱きかかえると、ぬるりとした血が掌に広がる。
…野党か何かか?
辺りを見回していたその時
茂みの奥から刀を手にした数人の男が現れたー。
「あんたたち、何?」
ニヤニヤと気味の悪い薄笑みを浮かべたそいつらは、一歩、また一歩とにじり寄って来る。
ただの野党じゃなさそうだな。
刀を抜き放ち構える。
「今や織田の飼い犬ってわけか」
「何?」
「裏切り者には丁度いい収まり所かもな」
…こいつらもしかして…今川の残党か。
良くもまた俺の前に、のこのこと…
「今更、何のつもり?」
「気に入らねぇだけだ。お前みたいな奴がのうのうと生きてるのがな」
「ここで死んでくれりゃあ泣いて喜んでやるぜ?」
「馬鹿なこと、言ってるんじゃないよ」
一瞬のうちに薄笑みを消した奴らが斬りかかって来るけど、俺はもうお前らみたいな奴に負けない。
キイィィィィン!!
いつまでも敗れた今川なんかに縋りついてるお前らと、今の俺は違うんだ。
「だから、死ぬのはお前らのほうなんだ」
「…っく!!小賢しいっっ!」
「女がどうなっても知らねぇぞ!!」
「五月蝿い!」
あの日みたいに怒りに任せた訳じゃない。
でも、許すことは出来なかった。
手に入れた穏やかな日常に土足で踏み込んで来る、こんなクズの連中が。
「……………。」
頬に付いた僅かな返り血を拭う頃には、黙って足元に転がる男たち。
家康—。
「そうだ、迦羅が心配してる…」
急いで迦羅を残して来た野原に戻る。
柔らかな風が吹くその場所は、小さな花が咲くだけの、誰も居ない野原だった。
「迦羅…?」