第63章 天邪鬼な子守唄 −3−(徳川家康)
「失礼します」
「来たか家康」
広間には上座の脇息にもたれる信長様。
そして三成が居た。
その下座には見覚えのある姿ー。
「……水野さん?」
「これは家康殿。久方ぶりにお目にかかります」
「どうされたのですか?」
深々と下げていた頭を上げたその人は、懐かしいように俺を見た。
この人は、俺の伯父にあたる人。
信長様との同盟を結ぶ際にも、その仲介役となってくれたんだ。
「所用で近くまで参りましたが、何やら無性に家康殿の顔が見たくなりまして」
「そう言うことだ。もう挨拶は済んだ。ゆっくりとその顔を眺めて行くといい」
「信長殿、突然の寄城をお許し頂き、誠に感謝申し上げます」
また深々と頭を下げる水野さんと供の家臣を残し、信長様と三成は広間を出て行った。
「息災であるようですね、家康殿」
「ええ、貴方もお元気そうで何よりです」
「幾分歳を取りましたがね。こうして家康殿の立派なお姿を見ることも出来、嬉しいことです」
それから俺たちは、暫くの間お互いの近況なんかを話していった。
ふと、思い出したように話を切り出される。
「家康殿はまだ独り身であられるのか?」
「え?…ええ、まぁ今のところは」
「それはいけません。まだ若いと言っても、時代は直ぐに動きますぞ」
…相変わらず大袈裟な人。
「心配は要りませんよ」
「ほぅ…その様子では良い人が居るようですね」
「ええ」
「それは良いことです。祝言の際には是非お報せ下さい」
「祝言は…まだ、先の話です」
「お待ちしてますよ。さて、長居をするつもりはありませんでしたので、私はそろそろ失礼させて頂きます」
まだ役目のある身だと言う水野さんを城門まで送った。
歩き出そうとする足を止め、水野さんはまた思い出したように口を開く。
「…お耳に入っているかどうか」
「何です?」
「未だに心を路頭に迷わせている元今川の者が…色々と噂沙汰になっているようです」
「今川の……?」
「何が起きているやら、私も詳しく知るには及びませんが」
「…そう」
「家康殿、先のことは噂に聞きました。何卒、御用心下さいますように」
家臣たちと遠ざかって行く後ろ姿。
聞いた噂って言うのはきっと
いつかの今川の残党とのこと。
まだ…何かあるって言うの?