第60章 一夜の妖花(武田信玄/甘々)
すっかり夜が更けても戻らない信玄様を待ちくたびれて、先に湯浴みを済ませ、部屋へ戻るところだった。
「まだかなぁ、信玄様…」
独り言をぽつりと呟いた時、突然背後から強く抱きしめられた。
「きゃあっ…!!」
「今帰ったよ、愛しい姫」
「し、信玄様!普通に帰って来て下さいよ!」
「感動の再会なのに、冷たいなぁ君は」
わざとらしくそんな風に言う信玄様は、私の頭に頬を擦り寄せた。
「ふふっ、お帰りなさい信玄様」
「一日中君の顔が見られなくて、俺はもうどうにかなってしまいそうだったよ」
「もう…信玄様ったら…」
「今日も君の部屋へ行ってもいいかな?」
「え?あ、はい…」
何だろう、改めてそんな風に言われると…
すごくドキドキしてきちゃった。
昨日も一緒だったのに…。
部屋に戻ったら、さっき敷いていった布団にゴロリと横になる信玄様。
いつもはこんなことしないのに
それだけ、疲れてるんだろうな。
「姫もおいで」
片側を開けた布団をまたポンポンとしながら、私を呼ぶ。
おずおずと隣に寝転がると、すぐに信玄様がこちらに寝返り、腕が腰の辺りを抱く。
ふわりとした温かさが伝わって
ドキドキと鳴る鼓動がうるさくなった。
でも、すごく嬉しい…。こうして自然に、触れてくれることが。
回された腕にそっと手を重ねると、とても柔らかく微笑んだ信玄様と目が合って。
それだけで変な緊張感が走るけど
やっぱり私は…こうやって信玄様に甘えていたいって思った。
「信玄様。私、大人にならなくていいです」
「ん?」
「こうしていつまでも甘えていたいから」
「そうか……」
急に表情を曇らせた信玄様。
そのままでいいって、言ってくれたのに。
「やっぱり嫌ですか?」
「此処へ帰って来る途中で考えてたんだ」
「何を?」
「もしかしたら大人になった君が、今夜…俺を誘ってくれるんじゃないかとね」
「さ、誘う!?」
カァーっと頬が一気に赤くなっていくのが、自分でもわかった。
伸ばされた信玄様の手が、まるで試すように頬から首筋を辿って……
「そう言う意味の大人じゃなかったのかな?」
「そ、そう言う意味で言った訳では…」
悪戯するみたいな笑顔が
すごく色っぽくて、目が離せないでいた。