第60章 一夜の妖花(武田信玄/甘々)
「ほら、もう寝なさい」
「でも……」
「まだ眠れないか?」
「信玄様は行ってしまうんですか?」
夜も更け、迦羅を寝かしつけようと布団に横にさせてみるが、眠る様子は無い。
「俺が居ないと、寂しいか?」
「…はい」
「素直なところがとても可愛らしいな。だが、寝ないと駄目だ」
「眠れません…」
こうして我が儘を言うところも
ひどく愛らしいと言うのに。
布団に横たわる迦羅の隣に身体を伸ばす。
肘を着き、もう片方の手で腹の辺りをポンポンと規則正しく叩いてあげると、次第に迦羅の瞼が落ちて来る。
「君が眠るまで此処に居るよ」
「うん…」
微睡みの境で何を見ているのか…
閉じそうで閉じない瞼は、暫く続いた。
「信玄様…出逢ってくれて、ありがとう」
「礼を言うのは俺のほうだ。君のような素敵な姫に出逢えたんだからね」
「ずっと側に…居てくれますか」
「ああ。とっくに俺は、君を離してあげるつもりは無いからね」
「良かった………」
すうっと瞼を閉じた迦羅は、静かな寝息を立て始める。
安心して微笑んでいるようにも見える寝顔。
「俺は君が好きだ。少し強がりで、本当は甘えん坊な、今のままの君がね」
大人になるなんて言わないでくれないか。
君がそうなってしまったら
俺には頼ることも甘えることも、しなくなってしまうだろう?
君が見れば、俺は大人なのかも知れないけどね。
本当は君に恋をする、ただのひとりの男なんだ。
身体を起こし、眠る迦羅を起こさないように…唇を掠めるだけの口付けを落とす。
…男としては、複雑なんだがね。
今日は君の寝顔だけ、もらって行くとするよ。
「おやすみ。俺の愛しい姫」
それから足音を立てないように、そっと静かに部屋を出たー。