第60章 一夜の妖花(武田信玄/甘々)
ーその帰り道
幸村は居心地が悪くなったのか、お店の前で別れ、先に戻って行った。
「君と一緒だと、こうやってのんびり歩いているだけで幸せだな」
「はい、私もです」
信玄様に並んで通りを歩いていると
綺麗に着飾った女性たちがその姿を見つけ、わらわらと信玄様の元へやって来た。
「信玄様ー!やっとお会い出来ましたわ!」
「近頃すっかり構って下さらないんですもの、少し寂しいんですよ?」
「これからどちらへ行かれるんですかぁ?」
声色を上げたような女性たちに、信玄様は嫌そうな顔もせず向き合う。
「ああ、久しぶりだね。悪いが色々と忙しくてね」
「あらー連れないことおっしゃるのねぇ」
それから女性たちの視線は、全身に絡み付くように私に向けられた。
「こ、こんにちは」
「あら、信玄様とご一緒してるなんて、あなた良家の娘さんか何か?」
「いえ…私は……」
「そうよねぇ!とてもそうは見えないわ」
「………っ」
本当のことだから、言い返す言葉もない。
目の前に居る綺麗な大人の女性たちと私とじゃ…比べられても仕方ないのかな。
気圧される空気に思わず俯くと
信玄様が私の肩をぐっと抱いた。
「この子は俺の大事な姫なんだ。君たちが馬鹿にしていい相手じゃない」
見上げる信玄様の顔は変わらず微笑んでいるけど、私を守ってくれようとする気持ちが、言葉の端に強く現れていた。
「大事な姫だなんて……」
「ごめんなさい、私は馬鹿にするつもりでは!」
「ほ、ほら!私たちは早く行きましょう!では信玄様、ご機嫌よう」
表情を強張らせた女性たちは、慌ててその場を去って行った。
「気を悪くさせてしまったね」
「あ、いえ…いいんです」
「さあ帰ろう」
信玄様の大きな手が、この手を包んでくれる。
城までの帰り道…
私は何だか、とても申し訳ない気持ちで一杯になっていた。