第60章 一夜の妖花(武田信玄/甘々)
春日山城下の甘味処。
お団子も餡蜜も全部美味しくって、お店はいつも賑わっている。
「んー美味しい!」
「で、上手くいってんのかよ?」
「ん?何が?」
「だからあの人のことだろ。お前、ちゃんと着いて行けてんのか?」
向かいに座る幸村は、突然そんな話を始めた。
すごく、真面目な顔をして。
「ふふっ、心配してくれてるの?」
「別にそんなんじゃねーけどよ…」
幸村が恋愛のことに口を出すなんて珍しい。
いつも興味なさそうにしてるのにね。
でもそれってやっぱり、私のこと心配してくれてるってことだよね?
「私なら大丈夫だよ」
「でもよー、根っからの女ったらしだろ?お前がいつか泣かされるんじゃねーかと思ってよ」
信玄様、酷い言われようだけど…
「大丈夫だよ、私のことは……」
「こーら幸、俺が見てないと思って俺の可愛い姫を口説いてるんじゃないぞ」
私の肩に手を置き、後ろから顔を覗かせたのは信玄様だった。
いつもみたいに優しい笑顔で、私と幸村を見る。
「だ、誰が口説いてんだよ…」
「泣かされたら俺の所に来いって言いたいんだろ?だがこの子は駄目だからな」
「だーかーら、違うっつってんだろーが」
頬を赤くする幸村も何だか可愛くて。
主従関係なのにこの二人は本当に仲が良くて、何かあったかい気持ちになるんだよね。
私の隣に座った信玄様は、じっと私を見つめた。
「迦羅。俺はもう君しか見てない」
「し、信玄様…っ」
艶っぽい眼差しを向けられると
胸が騒いで仕方なくなった。
「…始まったよ」
向かいでは呆れたように肩を落とす幸村。
「君を悲しませるようなことはしないと誓うよ」
「私は何も疑ってる訳では…」
「君が俺の手を離れていくなんて、死ぬよりも辛いことだからね」
「もう、そんな心配はしないで下さい」
私だって、信玄様の側を離れるなんて…
考えられないんですから。
「なぁ、俺が居るってこと無視すんじゃねー」
「幸、まだ居たのか?」
「だぁー!何か腹立つなー!」
「ふふふっ」
それからもう少しの間、私たちはこうして穏やかな春日山の昼下がりを過ごしていた。