第6章 裏切りの雨(織田信長/悲甘)
酷い頭痛がする…
身体が痛い…
とても寒い…
重い瞼を薄っすらと持ち上げる。
此処は、何処?見慣れない天井…それに、布団…
途切れた記憶を手繰り寄せる。
そうか…私は雨の中を走っていた。
それなのに、此処は?
少し首を動かすと、辺りに人の姿は見えない。
でもー。
懐かしい、信長様の匂いがする…。
え?
そうだ、私、信長様から逃げるために走っていたんだ。
まだ素直に言うことを聞かない身体を起こして、やっと歩き、明かりが射し込む障子を開ける。外は細やかに雨が降っていた。
やっぱり、頭痛が酷い…立っていられない。
ふっと力が抜けたその時
「っ何をしている!?」
背後から大きな身体が私を抱き留める。
触れられた瞬間に、拒絶するように身体がびくりと反応する。
…でも、懐かしいような温かな温度が、すぐにそれを掻き消した。
私はそのまま横抱きに抱えられ、その人は、ゆっくりと腰を下ろし胡座をかく。
鼻先に触れる硬い胸元が不思議と居心地がいい。
この匂い…私の大好きだった人の…
私はまだ温かい腕に抱かれている。
少し顔を上げると、すぐそばに信長様の顔があった。
あの時に見た凍てつくような目じゃない。
でも、何だか苦しそうな目をしている。
これは、私のせい…?
「…どうして、居るんですか…?」
信長様は答えずに目を逸らしてしまった。
「大事なお話だったんでしょう?」
私はとても傷付いたけれど、貴方を責めはしません。
貴方は、貴方の大望のために…
最善の道を選ぶべきだから。
いつも貴方を独占したいと思っていた心が、もう…少しずつ壊れていっているのかもしれない。
「私が貴方を…困らせているんですね…」
自分が情けなくなって、声が小さくなりうまく笑えないー。
と、信長様が私を強く抱き直して、肩に顔を埋める。
心なしか、信長様の身体が震えている。
私の肩に、ひんやりとした雫が数滴落ちた。
どうしたの?
どうして泣いているの?
それも…私のせいなの?
しばらくそのまま、信長様は肩を震わせ黙っていた。
抱かれている身体が少し痛いけれど、唇から漏れる熱い吐息が首筋にかかり、痛みを拭っていく。
私はそれ以上何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。