第6章 裏切りの雨(織田信長/悲甘)
信長様は、ぽつりと言葉を紡いでいく。
敵対する隣国の大名から同盟を持ちかけられ、その益を思案し、自らの描く未来のために、同盟を結ぼうと話を進めていた。
しかし、話が進んでいく中で、大名は同盟の証に自分の娘を差し出すと言い出した。
勿論そんなものは不要だと断ったが、聞きいれられなかった。
私に暇を出すと告げたあの日
強引にも大名はその娘を連れ、安土に向かっていたという。
すべてを白紙に戻すための話をつけるべく、仕方なく到着を待つことにしたが、私に下手な話を聞かれてはいらぬ心配をかけると思い、城から遠ざけた。
結局申し出られた同盟は破棄。
大名たちを送り返したあと、すぐに私を迎えに来るために馬を走らせてくれた…
信長様の話す言葉がすんなりと頭に入ってくる。
胸の中には信長様に対する怒りも、呆れもなかった。
ただ…信長様がどうしてこんなに不器用なのか。
もしその話をあの夜に伝えられていたら、私は一体どうしていたか…
それもわからなかった。
「私は、信長様に、裏切られたのだと…」
その言葉が、信長様の心に刺さっていた棘に触れたのかもしれない。
信長様がその両手を私の輪郭に添わせ、そのまま顔を上向かせた。
視線が絡み合う。
その瞳はもう冷たさをなくし、言いようのない熱を帯びている。
「いくらでも俺を恨め、迦羅」
真っ直ぐに見つめる信長様が続ける。
「だが、俺はもう二度と貴様を離さぬと誓う」
そんなことを言われたら…信じるしかないじゃないですか。
一度は失いかけたそれを、私は胸に引き戻す。
「もし、次があったら…許しませんからね」
私はしばらく忘れていたであろう笑顔を向ける。
そして信長様の背に手を回して引き寄せ、そっと口付けたー。
すぐに唇を離すけれど、今度は信長様のほうに引き寄せられて、息も出来ないほどに長く、深く、舌を絡めて何度も口付けた。
お互いがそこに居ることを、確かめるように。
信長様の口付けは次第に下りて、その激しくも甘美な熱に溶かされ、私は抑制の効かない吐息を漏らす。
露わな熱い肌を伝い、這う信長様の手。
その手は私から、昨日この肌に感じた恐怖を全て拭い去ってくれる。
乱れ合う二人のそばで、いつしかあの雨は止んでいた。
完