第1章 心の在処(織田信長/甘め)
まったくこの女は。
この俺を誰だと思っているのだ。
そう大きくはないであろう謀反の制圧に向かう程度でこんな顔をされるとは…。
迦羅の頬を撫でながら、複雑な気持ちだった。
ほのかに桃色に染まる迦羅の顔は、照れくささと嬉しさと、そして、行かないでくれと言わんばかりだ。
この乱世に身を置くには優し過ぎるー
幾ら甘っちょろいと言い聞かせたところで、直るものでもなさそうだ。
この女が此処へ来てから、毎日その姿を目で追った。
ただ物珍しさに見ていたはずだったがー
そのうちにどんな表情も見逃すことが出来なくなった。
だから今、この女がどんな気持ちでいるか、手に取るように理解している。
迦羅に触れる手を離す。
「もう戻れ」
言いながら立ち上がる。
あたりは風が冷たくなり、このままでは迦羅が風邪をひいてしまう。
まぁ、そうは言ってやらんがな。
「はい…」
迦羅は小さく返事をすると微笑みを向け、そして部屋に戻っていった。
迦羅の姿を見送っていると、背後から秀吉が現れた。
「信長様、こんな所で何を?」
「いや。何もない」
短く答えたあと、気持ちを切り替えるかのようにまた口を開く。
「謀反の制圧へは二日後に発つ。整えておけ」
「はっ!」
背後で秀吉が頭を下げるのを感じたあと、天主へと歩き出した。
俺の心の中には迦羅が居る。
いつからかそんな確信を持ち始めた自分が可笑しくて、口元には薄っすらと笑みを浮かんでいた。