第6章 裏切りの雨(織田信長/悲甘)
翌日、私は宿の旦那さんに、お世話になる間何か仕事をさせて欲しいと頼んだ。
旦那さんは、織田家からお預かりした娘さんだからと困っていたけれど、何もせずにお世話になるわけにはいかないし。
どうしてもと頼みこむと、それじゃあ、と承諾してくれた。
その後は女中さんに混じり宿の掃除を手伝ったり、台所仕事を手伝ったりと、出来るだけのことをさせてもらった。
そうして数日が過ぎていくうちに、初めに感じていた孤独も薄らいでいくようだった。
ある日、町の中を見てきてはどうかと言われ、賑やかな町中を散策していた。
安土ほどではないけれど、多くの人が行き交い活気がある。
少し歩き疲れた時にお茶屋さんを見つけて、休憩する。
温かいお茶を手にしながら、また、何となく城を思い出す…。
そうしてぼーっとしていると、
「見ない顔だね、温泉に入りに来たのかい?」
お茶屋の女将さんらしき人に陽気な声で話しかけられた。
「ええ、そうなんです」
女将さんらしき人は、おしゃべり好きなのか、あれやこれやと噂話を始めた。
あまりに次から次へと話が続くので、私も楽しくなって、女同士のおしゃべりが止まらない。
すると突然、周りを気にしながら声を小さくする。
「あんたあの話は聞いたかい?」
「え?」
「あの織田信長様がさ、隣国の姫様を娶るって話だよ」
ー!!?
「信長様が!?」
「しーっ!声が大きいよ!」
咎めながらもおかしそうに笑う女将さん。
それとは裏腹に、私は一気に血の気が引いていくのを感じた。
「噂だからね、確かなことは言えないけどさ。でもまぁあれだけ名の通った主だもの、嫁候補はいくらでもいるだろうね」
まるで悪気のない無邪気な言葉が…
いくつもの棘を私の心に刺していく。
もう、この胸のどこにも、痛みを感じない所はなかった。
宿に戻る道も、滲んでくる涙に足下が霞み、やっとの思いで歩いたー。