第6章 裏切りの雨(織田信長/悲甘)
それから二日後の朝早く、城門には迎えの籠がつけられていた。
見送りにと、秀吉さんと三成くんも居る。
もちろん、信長様の姿は…ない。
暇を出すと言われたあの時以来、信長様とは顔を合わせていない。
「少しの間…寂しくなりますね」
「道中気を付けてな」
私は二人に深く頭を下げ、籠に乗り込む。
籠が揺れて城から遠ざかっていくのがわかると、こんな時になって、ようやく悲しみが込み上げてきた…
二度と、ここへ戻っては来られないような、そんな気がしてー。
揺られるうちに、いつの間にか眠ってしまったみたい。
目が覚めたちょうどその時
「もし、着きましたよ」
と声をかけられ、簾があがる。
籠の外に出ると、あたりは夕暮れが迫っていたが、まだ町の賑やかさが残っていた。
「お待ちしておりましたよ」
振り返ると、いかにも人の良さそうな初老の男性が、柔らかい笑みを浮かべて会釈する。
「どうも、お世話になります」
私も笑顔で挨拶すると、どうぞ、と中へ案内された。
どうやら此処は温泉宿のようで、小さいながらも、品の良い内装に不思議と落ち着くような気がする。
「少しの間我が家と思って寛いで下さいね」
そう言うと、男性は近くにいた女中さんに私の世話をするよう言いつけ、また会釈をして戻って行った。この宿の旦那さんかな?
女中さんに部屋へ案内してもらい、宿のことや町のことを丁寧に説明してもらった。
女中さんは一通り話し終えると、今日はお疲れでしょうからと気を遣って、部屋をあとにする。
ひとりになり、縁の障子を開けると、町の淡い灯りが点々としている。安土城からの見慣れた景色とは違って…不意に寂しさがやってきた。
今頃、皆何をしているか
今頃、信長様はどうしているか
強がって城を出てきたけれど、こんなにも離れていると思うと、とても不安で仕方がなくなっていた。