第53章 七月七日、七夕の願い(安土勢)
訳のわからないくらいにあっちこっちで誘惑され、ドキドキの止まらない心臓は最早壊れそうにさえ感じた。
何とかそれを誤魔化したくて、光秀さんの問いに答えないままお酒の注がれた徳利を膳に配っていく。
そしてふと、大事な事を思い出した。
「あっ!短冊!!」
もう陽が暮れるって言うのに部屋に置いたままだった。
「光秀さんごめんなさい、大事な用を思い出しました!」
「ほう、逃げるのか」
「そ、そうじゃありません!」
からかうような笑い声を聞きながら、急いで広間を出て部屋に向かう。
文机から短冊を取り出し、もう一度書いた願い事を読み返す。
…やっぱり、もうひとつの願い事も書いちゃおうかな。
一年に一回の七夕なんだし
少し欲張ってもいいよね?
そして書き終えた短冊を手に庭へ下りる。
いざ吊るそうと思うと、竹の一番下にしか手が届かない。
う〜…これじゃあすぐ皆に読まれちゃうよね。
何とか背伸びして少しでも上のほうに手を伸ばすけど、上手く届かずに吊るせない。
「やっと今頃書いたのか」
背後から聞こえた声に振り返ると、腕組みした信長様が呆れたように笑っている。
「あ、はい。何とか間に合いました」
「ではさっさと吊るしてしまえ」
「出来れば上のほうに吊るしたいんですけど、届かなくって…」
「ならば下でいいではないか」
「そうはいきません!上がいいんです!」
「ふん、面倒な女だな貴様は」
そう言いながら信長様が背後から私を抱き上げると、ぐんと視界が高くなった。
「の、信長様っ…」
「手伝ってやる。これなら手が届くだろう?」
「あ、はい」
さっきよりもずっと上のほうに手が届き、私の願いを込めた短冊はようやく七夕飾りの一員となった。
「ありがとうございました」
「構わん」
吊るし終えたと言うのに、信長様は私を下ろしてくれない。
途端に身体に回された腕を意識してしまって、何故だか頬が熱くなってしまった。
「の、信長様…もういいですよ?」
「貴様をこうして抱く日がくるとはな」
「…え?」
「俺はこのままでも構わんぞ」
「わ、私が困りますっ!」
「成る程、別の意味で抱いて欲しいか」
「なっ…!そんな事言ってません!」
信長様は笑い、それでも私を抱えたままで庭を離れた。