第6章 裏切りの雨(織田信長/悲甘)
暗い自室へ戻り戸を閉めると、緊張が解けて、ふと力が抜ける。
戸の前に座り込んだまま動ける気がしない。
何がどう頭を巡っているのか
それすらもわからない。
ただ時が過ぎ、更けていくのを感じながら、その夜は一睡もできなかった。
ー翌朝
朝陽が射し込み始めた頃には、心は冷静さを取り戻していた。
一つの足音が近付き、戸の向こうから声がかかる。
「迦羅、いるか?」
「ええ、どうぞ」
自分でも驚くほどに落ち着き払って答えると、秀吉さんが静かに入ってきてそばへ腰を下ろす。
私は目を合わせるでもなく黙って秀吉さんの言葉を待つ。
用件はすでにわかっているから。
笑顔を見せない私に戸惑ってでもいるらしく、秀吉さんはなかなか用件を切り出さない。この時間がもどかしい気持ちになり、私は自ら口を開いた。
「それで、私は何処へ行ったらいいんですか」
張り詰めた雰囲気を崩さない私の態度に降参するように、秀吉さんはひと息おいて話し始める。
「国境近くに町がある。昔から信頼のおける大名が治めている地だ。治安も良く温泉もある」
「出発はいつ?」
「明後日、そこから迎えの者が来る」
随分手配のいい話…。
何だろう…悲しみという感情ではなかった。
「…私が、そこへ行かなければならない理由があるんですね」
その理由を秀吉さんが知らないわけがない。
問いただしたいわけでもない。
秀吉さんを、責めてるわけじゃない。
それなのに、感情を殺したような顔をどうにもできず、当たり前の笑顔を向けることは出来なかった。
秀吉さんは、どう答えるべきなのか迷っている。
悔しいけれど…困らせるわけにはいかない。
「お話はわかりました、参ります」
それを聞いた秀吉さんは軽く頭を下げ、
「…悪い」
と。
聞こえるかどうかの、小さな、掠れた声で。
秀吉さんが部屋を去ったあと、必要な荷物を整える。
それを終えると、心の中を払拭するようにひとつ溜め息をつき、針子の仕事部屋へ向かった。