第6章 裏切りの雨(織田信長/悲甘)
天主で信長様の帰りを待ちながら、行燈の灯りのもとで、滑らかな白い生地と針を手に、縫い物に集中していた。
先日、城下でお世話になっている反物屋さんに顔を出した時に、信長様に良く似合いそうな、細やかな刺繍の入ったとても美しい生地を見つけた。
日頃の感謝を込めて…贈りものをするつもりだった。
「帰った」
「あ、お帰りなさい」
しかし襖を開けて帰ってきた信長様は、どこか険しい顔をしている。そして、そのまま月灯りの差し込む縁へ向かい、私に背を向けて腰を下ろした。
いつもならすぐにそばに来て、触れてくれるのにー。
何だかわからないけれど、胸騒ぎがする。
私は縫い物をやめて生地や道具をしまい、縁に佇む信長様の隣へ静かに座った。
「何かあったんですか?」
「…いや」
短い返事をしただけで、信長様はじっと、広がる星空を見つめている。信長様の纏っている空気を察し、私はそれ以上口を開けなかった。
しばらくすると、いつものように姿勢を崩し、信長様は私の膝に頭を預ける。その重みに、少しだけ安心する。
横になった信長様は、相変わらず遠い目を外に向けている。
その目を一旦静かに閉じ、やがてゆっくりと瞼を上げた。
「迦羅、しばらく暇を出す」
「…え?」
突然飛び出した思いもよらない言葉に何がなんだかわからない。
暇を出すって…
私が他に行く所などないことはわかっているはず。
「どうして急にそんなことを言うんですか?」
信長様は黙っている。
「暇を出されて、私に、何処へ行く所があると思ってるんですか?」
戸惑いが湧き上がり、少しだけ語気が強まった。
わけがわからない。
一体何を考えてるの?
ふざけているようには到底思えなかった。
信長様は身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
そして私を見下ろしながら淡々と告げた。
「これは俺の命だ。ただ従えばいい」
一瞬目が合うけれど、真意を読み取れない。
信長様はすぐに私から視線を逸らし、天主の奥へと行ってしまった。
私は少しの間その場を動けずにいた。
でもー
そんな信長様と同じ空間に居ることがいたたまれなくなり、立ち上がる。
「あとのことは秀吉に聞け」
引き留めるでもなく背後から響く声が、嫌に耳に刺さって、私は振り返らず逃げるように天主を出た。