第51章 情恋歌(明智光秀/裏甘)
ー城を留守にして五日が経っていた。
世も更けて来た頃に戻った俺は、迦羅がどうしているかと思い来てみたが、部屋には灯りがついているだけ。
姿が見えず、暫く柱に寄り掛かり帰りを待っていた。
湯浴みに行っていたのか、廊下の奥から髪を拭く迦羅が戻って来た。
「ん?」
「相変わらず腑抜けた顔だ」
「…光秀さんっ!?」
「どうやら元気はあるようだな」
「帰って来てたんですね、良かった…」
あれだけ冷たい態度を取ったと言うのに、お前は嫌な顔ひとつせずにそんな事を言うのか…。
俺が戻り安心したと。
「あ、あのっ」
「どうした?」
「どうして…来てくれたんですか?」
「お前が要らぬ心配をしているだろうと思ってな」
「え?」
お前に対してあんな態度を取ったのは、お前が憎いからではない。
時代の裏として生きる俺に、お前を巻き込みたくはないと思っていたからだ。
「今日は何も聞かないのか」
「こうして顔を見せてくれただけで、嬉しいです…」
本当は聞きたいことが山程あるはず。
だが、俺の為に聞かずにいてくれるのだろう?
いつからか、お前の存在はただの小娘ではなくなった。
心の何処かで傷付けてはいけないものになったのだ。だが結局は俺の態度がお前を傷付けてしまっている。
目の前の迦羅に自然と頬に手を伸ばしていた。
「あっ……」
「明日、久しぶりに読み書きを見てやろう。俺の御殿まで来るといい」
「はいっ!」
嬉しそうなお前のその顔を見たら
この数日間のもやもやが、すべて何処かへ吹き飛んだようだ。
部屋へと入る迦羅を見届け
薄暗い廊下を戻る。
たかが数日顔を見なかっただけで
その声を聞かなかっただけで
こんなにも心が落ち着かぬものなのか。
誰かを想うということがこんなにも苦しいものだとは、今まで俺は知らなかったのだろう。
だが
それを教えてくれたのが
迦羅、お前で良かったと、そう思う。