第5章 甘美な罠(徳川家康/甘々)
政宗と三成くんの訪問から五日が経っていた。
夕暮れ間近、頼まれた書類を届けに秀吉さんの御殿へ行った帰り道だった。
今にも雨がぽつりと落ちてきそうな空模様。
少し足早に歩き、城へ戻る。
ふと、私の部屋の前で襖に寄りかかっている姿が目に入る。
「家康!」
途端に胸がぎゅっとなって駆け寄る。
そばへ行くと、家康は腕を伸ばし私の頭をそっと撫でた。
「何、感動の再会、みたいな顔して」
相変わらずの口振りだけれど、頭を撫でる手は一際優しい。
「お仕事忙しかったみたいだね」
「まあね」
家康はそう短く答えると、ふっと微笑み私の身体に腕を回した。
重なる胸から感じる鼓動はトクトクと早く、どちらのものかわからない。
家康は私の髪に顔を埋めて小さく溜め息をつく。
「こうするの、久しぶり」
余程疲れているのか呟く声は掠れて小さい。
労わるように私も家康の背中を優しく抱き締め返した。
「お仕事、終わったの?」
「いや、今夜もう少しやらなきゃいけないことが残ってる」
「そっか…。終わったら、ちゃんと休んでね?」
働き続けている身体を心配し、顔を覗き込む。
家康の瞳は少しうつろで、疲れの色を見せていた。
「…明日は一日仕事がないから、俺の御殿に来て」
本当はゆっくり休んで欲しい。
でも、家康と一緒に居たい。
ふたつの想いが重なって複雑に胸が鳴る。
「返事は?」
不機嫌そうな顔でむにっと頬をつままれ
「う、うん、わかった」
と返事をした。
家康は満足そうに微笑み、身体から腕を解く。
「あんたも、ちゃんと休みなよ」
そう言って、薄暗い廊下を去って行った。
温かい気持ちに包まれ、その背中が見えなくなるまで動けなかった。