第34章 琥珀色の蜜事(明智光秀/裏)
「……きろ」
「う、ん…」
「おい、起きろ」
まだ眠い瞼をこすりながら顔を上げると、山の向こうに陽が沈んでいくところだった。
…そっか、随分寝ちゃったみたい。
「馬上で熟睡とは、流石だな」
「ふふっ、ごめんなさい」
「着くぞ」
言われて先に視線を移すと、あちこちから湯けむりが上がっている。
「温泉…ですか?」
「ああ、俺の領地だ」
多数の温泉が湧くという宿場町に入ると、すぐに男性が駆け寄ってくる。
「光秀様、お久しぶりです」
「ああ、変わりはないか」
「はい、お陰様で」
短いやり取りをして男性に馬を預けた光秀さん。
「もう陽も暮れた。町を見るならば明日にしろ」
「はい、そうですね」
ゆったりと歩く光秀さんについて行くと、この町で一番大きいと言う宿に着いた。
今更だけど…
光秀さんと二人きりで宿に泊まる…
トクン、トクン
そう思ったら途端に鼓動が跳ね上がった。
だめだめ!勝手に変なこと想像したらだめっ!!
自分に言い聞かせるように心の中で叫ぶ。
女中さんに案内されたのは宿の離れ。
「すぐにお食事をお持ちしますので」
丁寧にお辞儀をした女中さんが出ていくと、二人きりの空間に、また胸がうるさく騒ぎ始めた。
光秀さんに悟られないように冷静を装う。
「何を緊張している?」
ニヤリと笑う光秀さんは、すべてお見通しだ…
「き、緊張というか…」
上手い言い訳が見当たらず言い淀んでいると、すっと光秀さんの手が頬に触れるー
ピクンと肩を震わせると、どこまでも優しく頬を撫でる掌。
いつもの笑みはなくて、目に吸い込まれそう。
…光秀さん?
「今夜は……」
光秀さんが何か言いかけたその時
女中さんたちが膳を運んで来た。
あっ。
手が離れた頬にはまだ熱が残っている…
意識するとおかしくなってしまいそうで
思わず呑気な声を出した。
「私、お腹ペコペコだったんです!」
「お前は寝ていただけだろう」
「寝ててもお腹は空くんですっ」
そんなことを言いながら二人で夕餉を食べ、光秀さんのお酌をして、他愛のない時間は過ぎていった。