第30章 紺碧の涙・前編(上杉謙信/悲甘)
「迦羅?いるか?」
自室で縫い物をしていると、襖の向こうから呼ばれる。
「はい、どうぞー」
襖を開けてやってきたのは信玄様だった。
「どうかされましたか?」
「いや、お茶でもどうかと思ってね」
「私もちょうどひと休みしたいと思ってたんです」
陽の当たる縁側で、信玄様と一緒にお茶を飲み始めた。
「鬼の居ぬ間に何とやら、だね」
いつも通りの艶っぽい悪戯な顔をして見つめる信玄様。でも、私ももう慣れたもの。
「もう、鬼だなんてひどいですよ」
「君にちょっかいを出すと、すぐにこんな顔になるだろう」
信玄様は両手で目の端を吊り上げ、謙信様の真似をしてみせた。
「ふふっ、確かに」
信玄様は、私の様子を伺いに来たみたいだけど、他愛ないやり取りの中で安心したように見えた。
「心配か?」
「いいえ。謙信様なら、大丈夫ですよ」
今回はあくまで上杉軍の戦い。
信玄様も幸村も、武田の皆は城に残っている。
「万が一にも、あいつが負けると思うか?」
「億が一にもないです!」
「くっ、その調子で待っててやってくれ」
大丈夫。
私も謙信様と一緒に強くなったから。
謙信様。
私はどこまでも貴方を信じます。
今のように、たとえ離れていたとしても。