第21章 穏やかな愛、激しい恋(織田信長/甘め)
その頃、信長は微睡みの中で短い夢を見ていた。
迦羅の言った通り、春が来ていた。
綺麗な花が咲き、風は温かく、とても穏やかな気持ちがする。
季節の移り変わりなど気にも留めたことはなかったが、何故か妙な心地良さが広がっている。
大きな桜の木の下で、その花に見入っている女が居る。
長い髪を風になびかせ、じっと立ち止まっている。
後ろ姿に愛しさを感じ、歩み寄る。
腕を伸ばしてその肩に触れ、名を呼ぶ。
「迦羅」
ゆっくりと振り返った女はー
迦羅ではなかった。
「信長様…」
そこで夢の淵から意識を呼び戻されて目を覚ます。
首をくるりと回して見上げると、そこには迦羅の愛しい微笑みがある。
ただの夢であったかー
「もう陽が落ちてきましたよ」
一瞬の夢であったような気がしたが、すでに夕暮れが迫っていた。
身体を起こし、改めて迦羅の姿を確認する。
頬に手を伸ばすといつもの温もりがある。
…安心した。
見知らぬ女の夢を見るなど…
何故かふと胸のうちに沸いた不安を拭うように、そこにある愛する女の、迦羅の身体をぐっと抱き締めていた。
「信長様?」
戸惑うような声を上げるが、間違いなく迦羅だ。
俺がどうしようもなく惚れている女だ。
「居なくなるな」
「えっ?」
妙な夢を見たせいで落ち着かない。しかし俺の何かを察したように、迦羅は背中を抱き返した。
「私は何処へも行きませんよ」
なだめるような優しい声が、耳に響く。
身体を離すと、大丈夫だとでも言うような顔をしている。
「…っ」
堪らなくなってすかさず唇を奪う。
触れる感触も漏れる吐息も、紛れもない現実であると、その熱を伝えた。
名残惜しい唇を離すと、迦羅が思い出したように言った。
「そう言えば、秀吉さんが何か用があったみたいですよ」
ああ、会議があったからな。
眠ってしまったせいで、今からになったがな。
迦羅に、天主で起きて待っているように告げ、遅らせてしまった会議へと向かった。