第18章 魔王の誓い(織田信長/悲甘)
それからおよそ半月ほど経ち、迦羅はしっかりと歩けるようになっていた。まだ無理は出来ないが、城内や庭を散歩するのが日課になっているようだ。
相変わらず、城の者のことを思い出す気配はない。
俺のことも…。
まるで知らぬ場所に迷い込んだように、日々が戸惑いに満ちている。だが、無理に思い出させようとはしていない。
良いことばかりではなかった。
敵に刀を振られたあの日のことも。
だが俺は、このまま迦羅が俺を忘れ去ってしまうのではないかと思うと、胸が痛む。共に歩んできた幸福だった日々が、俺の記憶の中にしか存在しないことに、ひどく寂しさを感じさせる。
迦羅に触れたい…
迦羅が俺にだけ向ける笑顔を見たい…
今となってそれは、一人歩きの恋になってしまった。
ー穏やかに過ぎて行く日々が、次第に迦羅に笑顔を取り戻していった。まだ戸惑いはあるだろうが、城での生活にも慣れてきたようだ。
その夜、俺と武将達、迦羅が広間に集まり、皆で夕餉にした。政宗が腕をふるった夕餉だ。
「緊張することはない。皆で食すのも良いだろう」
「はい。嬉しいです」
「嬉しい?」
「皆さん良い人達ばかりですから。毎日がだんだん楽しく過ごせるようになっているんです」
淡い微笑みを浮かべて俺に答えた。
それを見ただけで、俺の胸は高鳴っている。
料理を一口食べた迦羅が、ハッとしたような表情をする。
もしや、何か思いだしたか?
「何だか、とても懐かしい味がします」
そう言って美味しそうに食べ進める。
しばらくして、迦羅はぽつりぽつりと話し始めた。
「最近、ふと懐かしく感じるものがたくさんあるんです」
皆、迦羅の記憶のことはやきもきしている。
いつの間にか皆が迦羅の周りに距離を縮めた。
「例えばどんなことだ?」
待ちきれなくなり、話を促す。
「そうですね…秀吉さんが淹れて下さるお茶の味、とか」
「あとは、家康さんに挨拶した時に素っ気なくされることとか」
「あ、大量の本を抱えた三成くんとか」
「何故か光秀さんに言われる意地悪も」
「それと…信長様は、その姿を見ているだけでも、懐かしく感じるんです」
迦羅の中に、少しずつではあるが、皆と過ごした時間が戻ってきていると確信した。