第18章 魔王の誓い(織田信長/悲甘)
少しして、廊下から慌ただしい足音が聞こえて、開いたままの襖からまた別の人が部屋へやってきた。
足早に来て私の布団の横に胡座をかき、その手で両方の頬を挟まれる。温かい手のぬくもりが心地いい。
でも、どうしたら良いかわからないでいると、
「迦羅、俺がわからんのか…?」
何だか苦しそうな顔をしている。でもー。
「…はい。皆さんが誰なのか、私はわからないんです」
本当に此処が何処で、この人達が誰で、何故私が此処に居るのかも、わからない。
この人達が迦羅と呼ぶ、だから私は迦羅なんだと思う。だけど、それ以上のことはわからないの。
私の頬に手を当てる人は、今にも泣きそうな顔をしている。
どうして…?
「どうして、そんな顔をされるんですか?」
何だか私のほうが泣きそうになってしまう。
「っ、この俺を忘れるなど…」
悲しみとも怒りとも取れるような声を絞り出したあと、その人はすぐに部屋から出て行ってしまった。
「すみません、私のせいでお気を悪くしてしまったようですね」
困ったように苦笑すると、皆は黙っていた。
「まだ傷は治ってないんだから、しばらく寝てること」
「そうだな、ちゃんと良くなるまでは余計なことは考えなくていい」
「世話に女中をつけるから、何かあったら言えよ」
「は、はい。ありがとうございます」
三人が去って行ったあと、私は必死に記憶の細い糸を辿った。
でも、ここで目覚める前のことが何も思い出せない。
今日逢った人達は、きっと私に良くしてくれていた人達なんだと思う。怖いとは思わなかったから…。
何だかもどかしい。
目を閉じると、先程私の頬に手を当てていた人の顔が浮かぶ。
私はなにか、大切なことを忘れてしまっているのだと実感しながら微睡みの中へ落ちていった。