第2章 棘のある病(徳川家康/微甘)
「あっ…」
城門を出てすぐに、向こうから小走りでやってくる姿が見えた。
暗い道の向こうのはずなのに
息を切らして走っているのが迦羅だと一目でわかる。
無事で良かったー。
その安堵でその場に立ち尽くしている俺に気付いたのか、迦羅は走っていた足を止め、少し離れた場所から心底申し訳なさそうな顔を見せた。
俺はゆっくりと迦羅へ歩みを進めた。
「こんな時間まで、一体何処で何してたの?」
また思いもよらずに冷淡な言葉を投げかける。
目の前の迦羅は、走ってきたせいで頬が上気している。
余程俺が険しい顔をしていたのか、潤んだ瞳が泳ぎ、怒られることを覚悟したかのような顔で口を開く。
「っごめんなさい…政宗の所を出るのが遅くなってしまって…」
深々と頭を下げ、心配をかけたことをひたすら謝った。
また政宗さんかー。
聞き飽きた名前に苛立ちを感じながら半ば強引に迦羅の身体を両腕の中へ閉じ込めた。
「あ、あの…」
迦羅は困ったように腕の中で小さく声をあげる。
柔らかな髪に顔を埋め、俺はその温もりを確かめた。
こんな時にどんな言葉をかけるべきなのか、
何て言えば迦羅が安心するのか、
そんなことが頭の中を駆け巡り、時間が過ぎていく。
その間迦羅は何も言わずに、乱れた息を整えようとしている。
やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、迦羅がまた謝る。
「…ごめんなさい」
俺は謝ってほしいわけじゃない。
それを言葉には出来ず、下を向く
迦羅の頬を両手で挟み、自分に向き直させる。
「無事で、良かった」
優しさを含んだ声でそう言い、もう一度確かめるように迦羅の身体を抱きしめる。
「家康…」
囁くようなか細い声だったけど、初めてはっきりと自分の名を呼ばれ、不意に鼓動が早くなる。
言いたいことは山程あったけど、こうして無事に戻ってきたこと、そして、俺の名を呼んでくれたことで十分だった。
「ほら、行くよ」
回していた腕を解き、冷たくなっていた小さな手をとる。
自分でも気付かないうちに、温かな笑みを迦羅に向けていた。