第2章 棘のある病(徳川家康/微甘)
翌日、迦羅は針子の仕事に追われ、忙しそうにしていた。
この城に来てから、迦羅の作る着物は上出来だと噂になっていて、次から次へと注文が入るらしい。
あの信長様も近頃良く迦羅の仕立てた羽織を着ている。
仕上げた着物を持ち、何処かへ届けに行くのか、足早に廊下を歩く迦羅とすれ違った。
仕事のことで頭がいっぱいなのか、まるで俺に気付かない様子だ。
堪らず声をかけた。
「あんまり急ぐと、転ぶよ」
振り返る迦羅は、はっとしたように俺に目を向ける。
「あ、挨拶もしないでごめん…」
我ながら気のきいたことも言えないのか、と不思議な気持ちになる。
それはきっと…昨日光秀さんと政宗さんが可笑しなことを言ったせいだ。
迦羅は足を止めたまま、何か話したほうがいいのかどうか、困ったような顔をしている。
「着物、届けに行くの?」
「うん。政宗に頼まれてた着物が仕上がったから、日が暮れる前に届けようと思って」
柔らかな笑みを浮かべ、そう答える。
迦羅の口から出るのは、俺以外の名前ばかり。
気に入らない。
あっそう、と心の中で思ったけどもうじき暗くなる。
政宗さんの御殿はそう遠くないけど、城下と言えど何があるかわからない。でもー。
「気を付けて行きなよ」
そんな言葉がするりとこぼれた。
「うん、ありがとう」
お礼を言うと、迦羅はまた足早に去って行った。
背中を見送りながら、何故一緒に行くと言わなかったのか、
そんな疑問が湧いてきた。
「馬鹿みたい…」
俺は自分自身に呟いた。