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【YOI・男主】愚者の贈り物

第2章 第1日目・SP滑走順抽選会


「膝の具合は、もう大丈夫なのかい?」
「う~ん、こればっかりはやってみないとなあ。何せフィギュアは見た目以上にハードなスポーツやから」
特注のサポーターに包まれた膝をジャージの上から触りながら、純はひとつ息を吐いた。

2年半前、クワドジャンプの練習中着氷に失敗した純は、利き足の膝の前十字靭帯を完全断裂してしまった。
その怪我は入院して靭帯の再建手術が必要な程重症で、手術そのものは成功したのだが、退院後も膝の具合は中々以前のようには戻らず、氷の上でも感覚が狂ってしまい簡単なジャンプひとつまともに飛べなくなった純の姿にもはや復帰は絶望的と見なされ、やがて強化指定も外された純の存在は、次第に世間から忘れ去られていったのだ。

「まあ、口では小難しいことほざいてるけど、こいつは黙っててもやる男だからな」
「あ、これはこれは藤枝(ふじえだ)コーチ」
突如現れた口元に黒い髭を蓄えた大柄な中年の男に諸岡が視線を向けた横で、純の顔が露骨に歪んだ。
「勝生勇利ほどのバケモノ的素質はないが、その気になればこいつは台乗りも可能だぞ」
「ほお、コーチから見ても上林くんの仕上がりは良いという亊ですか」
「…やめて下さい」
「SPは以前のヤツをブラッシュアップしたものだが、FSはこいつが自ら選曲して地元の芸大生達と一緒に偉い先生のレッスン受けてまで作り上げたモンだから、期待していい」
「藤枝コーチの門下になってから、上林くんはプログラムの振り付けもするようになったと聞いた事がありますが」
「……コーチが基本何もしいひんから、僕が動かざるを得んかっただけですわ」
「いや、お前みたいな器用貧乏な生徒いるから、俺は楽できて助かるぜ」
「──ええ加減その辺で黙っとけや。しばくぞ『ヒゲ』」

ドスの利きすぎた純の切り返しに南は見えない耳を恐怖に逆立て、諸岡は「これが噂に聞く上林くんのもう一つの顔か。素を見せられる相手には口が悪くなるっていう」と内心で感動を覚えていた。
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