第9章 最終日EX・愚者の贈り物
(それも味なもんやな、イカシた話や。そう、この僕はFlash様…!)
小さく歌を口ずさみながら、しかし純は絶妙なバランスでブレイクダンスのチェアーの姿勢を氷上で取ると、直後一気に加速する。
そして、利き側とは逆方向のイーグルから更に逆回転の2Aを難なく決めると、客席のあちこちから新たな歓声が轟いた。
「凄い!相当体幹シッカリしてないと出来ないですよ、あんなの!」
「うわあああ、ばりカッコよか!純くーん!!」
最早、アイスショーというよりロックバンドのライブ会場のような盛り上がりに、リンクサイドの南と礼之も興奮気味に声援を送っていた。
やがて曲のラストに合わせて得意のドーナツスピンから、更に高速のアップライトスピンでフィニッシュに入った純は、クリストフ・ジャコメッティのお株を奪う勢いで尻滑りをした後、持ち前の柔軟性を活かしてリンクに頭がつくんじゃないかという勢いで上体を大きく仰け反らせた。
一旦はリンクを下りたものの、観客からの鳴り止まない拍手に、純はもう一度だけ氷上に戻って挨拶をした。
やはり、自分はスケートが大好きなのだ。
この大会で過ごした数日間だけでも、それを嫌という程思い知らされた。
そして、本心を隠して永久にスケート靴を脱ごうとしていた自分を、様々な形で引き止めて来た人々。
(お父ちゃんにお母ちゃん。ヒゲ…藤枝コーチ……『尚寿さん』。そして……勇利)
そんな大切な彼らの為に自分が出来る事は、やはりスケートしか無い。
純の心は、ほぼ決まった。
しかし、その決意を公に口にするのはまだ早い。
自分が手掛けた彼の演技を見届けてからだ。
彼が求め、彼と作り上げた自分のプロが、果たして本当に通用するのかどうかを。
「──準備はええか?」
背後の気配に気付いた純は、振り返ると支度を済ませた勇利を見る。
大会中常駐していた化粧品メーカーのスタッフによって化粧を施された勇利が、小道具の和傘を手に歩み寄って来た。
女性程の派手なメイクではないが、目尻に差された紅と黒のアイライン、殆ど色の着いていないリップグロスに彩られた勇利は、男性でありながら独特の色気を醸し出していた。