第8章 第4日目・女子FS開催中
観客への挨拶を終えてリンクサイドに選手達が戻って来ると、今度は記者達は勇利の元に群がった。
「勝生選手、同期である上林選手の引退についてひと言お願いします!」
「今後も一緒に続けたいとは考えなかったのですか?」
ブレードカバーを履く暇も与えない勢いでマイクを向けられた勇利は一瞬驚いた顔をしたが、純が頷いたのを確認してから口を開いた。
「僕は、上林選手の事は実はSPが終わった夜に本人から話を聞いていました。これが最後だから自分の全てを出し切る、一緒に頑張ろうと約束しました。あんな膝を抱えながらも昨日のような素晴らしい演技が出来たのは、彼だからこそだと思います」
「僕らはこれまで中々お互いの事を話せずにいたので、この大会は競技以外でも、とても充実したひと時を過ごさせて貰いましたわ」
互いに見つめ合いながら微笑む2人に、記者達はそれ以上のツッコミができなくなっていたが、
「でも、純が辞めるのは競技だけだよね?」
「そういや明日は、勝生との共同作業が待ってるんだよな。ある意味、お前の振付師デビューか」
「ちょ、勇利もヒゲもこんなトコで何言うて…!」
「明日のEXで、何かやるんですか!?」
勇利と藤枝による思わぬ暴露に、純は狼狽えた。
「勇利も、普段塩対応上等のクセに何余計なリップサービスしとんねん!」
「だって、今日アレだけ僕に教えてくれた人が、スケート全部をスッパリ辞めたりなんてしないよ。それに、純はこれからも僕に力を貸してくれるって約束したし」
「そら言うたけど!」
「いい加減素直になれ。どう足掻いたって、お前はスケートからは逃げらんねえんだよ。……俺からもな」
「…アホ」
こっそりと藤枝の足を踏むと、純は観念したかのように大きく息を吐く。
「明日のEXでは、皆様がこれまで観た事のない僕らをお届けしたいと思うてます。丁度クリスマスやし」
「なるほど、上林選手と勝生選手からのクリスマスプレゼントという事ですね?」
「ただし、僕らは賢者やありません。自分の事もロクにスケートでしか表現できひんスケートバカによる『愚者の贈り物』を、ご期待下さい」
記者達に笑顔を向けてから「これでええんやろ?」と横目で軽く睨んできた純に、勇利と藤枝は満足そうに首肯した。