第8章 第4日目・女子FS開催中
勇利からジャパンナショナル金メダルの画像をメールで受け取ったヴィクトル・ニキフォロフは、その後のFSでも危なげなくトップを守り切り優勝した。
勝利はしたものの彼の中では反省点も多々あり、特に日本にいる最愛の男のFSを観てからは、もはや彼はただの可愛い教え子だけでなく、闘い倒すべきライバルである事を確信した。
「いつの間にか、4Fをほぼ完全に自分のものにしてる…これは、うかうかしてたら代名詞奪われちゃうかな?」
だが、それ以外にヴィクトルには少々気になる事があった。
勇利の傍にいる青年の事だ。
勇利との電話とストリーミングから確認した日本の番組で、その青年がかつて勇利の同期だったが、故障により今まで競技を中断していた選手である事が判った。
偶々連絡が来たクリストフ・ジャコメッティに勇利の話題ついでに青年の事を尋ねてみた所、「昔、JGPSで一度だけ負けた事がある」と返事が来た。
『その試合、当時自信あっただけに結構ショックだったんだよね。勇利と違って常に冷静沈着で、まるでアイスドールみたいなコだったよ。リンクを濡らす俺とは正反対な感じで♪』
確かに、勇利とまったく違ったタイプのスケーティングをする青年は、基本国内では敵なしの勇利にとって良い刺激になっていたと思った。
彼という同年代の選手がいたお蔭で、勇利のモチベーションも上がっていたし、競技中に泣くのはどうかと思うが、演技そのものの質は決して悪くなかったからだ。
リンクで、かつての同年代との再会や引退に感極まるのは良い。
しかし。
「……普段滅多に撮らせないクセに、コレどういう事?時間や場所からして競技外だよね?」
インスタ経由で流れてきた、昼下がりのカフェで楽しそうに談笑している勇利と青年との画像に、ヴィクトルの眉根が不機嫌そうに寄せられた。
「くしゅん!」
「大丈夫か?」
「平気。鼻が痒かっただけ」
気遣ってきた純にそう返すと、勇利は彼と共に会場へと戻った。
2人を迎えた藤枝に説教されかけたが、「これやるから黙っとけ」と、純が菓子の入った袋を彼に押し付けて有耶無耶にしていた。
「酒好きで甘党なんて、成人病まっしぐらやな」と言いながらも、カフェのテイクアウトで商品を吟味していた純の横顔が本当に楽しそうだった事について、勇利はあえてノーコメントを貫いていた。
